掲示物がほとんど無くなった教室で、寺田くんの横顔を眺めていたらふと、好きだったなあと気付いた。

空っぽになった机を、クラスの男の子たちと囲みながら笑う彼を見ながら思う。部活のときの、体育館のネットで区切られた向こうで見せていた真剣な表情。授業中、たまに窓の外の空を眺めたりしていた横顔。後ろの席の仲良しな男の子と喋るとき、その笑顔が一番後ろの席の私にも見えたこと。女の子と話すのは苦手らしいけど、話し掛けたときには遠慮したように、それでもちゃんと笑ってくれたこと。

あああ、好きだった。ものすごく好きだった。
今さら気付いた私は、明日、卒業式。


みんながこの教室から去るのを名残惜しむように、式の予行練習が終わっても友達同士で話をしたりして、教室はしばらく賑わっていた。ぽつりぽつりと帰る生徒が増え始めた中、教室を出るタイミングが一緒になった寺田くんがレモン味のチューインガムを1つくれた。一緒にいた男の子たちに配るついでに、近くにいたからくれたという感じだった。
小さな声でありがとう、と言うと、寺田くんはやっぱりあの遠慮したような顔で優しく笑った。


1人で家までの道を歩きながら、制服のポケットから寺田くんにもらったチューインガムを取り出した。銀色の包み紙を開いて、ガムを口に入れる。

寺田くんに初めてもらったものが無くなってしまう、と一瞬馬鹿な罪悪感のようなものが浮かんだけれど、すぐに私はガムを噛み潰した。
消えてしまえ。消えてほしい。消してしまいたかった。

最後だから。
明日さえ終わってしまえば、もう会う事はないのだから。

ガムを食べながら、私は泣き続けた。
きっと臆病な私は明日の卒業式でボタンを下さいなんて可愛らしい事を寺田くんに言う事もないのだろうし、卒業してしまったら今までのように宿題の事なんかで理由をつけてメールする事も、電話する事もないのだろう。
大人になった私は、泣く事も少なくなったし泣くときは必ず人に見られないように1人で下を向いたりして、こんな風に前を向きながら泣いたのは本当に久しぶりだった。見上げた空は憎たらしい程に真っ青で、明日晴れて卒業式を迎える私を祝福しているようだった。

横隔膜の痙攣とともに体の中に入ってきた空気を次の痙攣といっしょに吐き出すと、すっとするようなレモンの香りが鼻腔を抜けていった。嗚咽は激しくなる一方だ。

レモン味はだんだん、だんだん薄くなっていく。





酸味が融ける

覚醒さまへ
20100305
柴崎



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