「戦後の国際通貨体制の中心となったIMFとIBRDの設立した協定を何というか。」
「なんでいきなり音読するの」
沈黙の中にシャープペンシルの走る音ばかりが流れる部屋の中、ちょっとウケたらいいなと思って滑舌よく音読したのに彼は自分の問題集から視線も外さずに一言で私のジョークを一蹴した。確かにさっきから部屋にシャーペンの音を響かせてるのは主にこの人だけだけどさ。せっかくニュースキャスターっぽく上手に発音できたと思ったのにな。
ぬあー、とだらしない声を上げてついに私はノートの上に突っ伏した。
「だって。なんでこんなに難しいの、1個も分かんないよ、1個も」
「ああ、その答えなら俺わかる」
嘘、なんで分かるのあんた政治経済選択してないじゃん、と言おうとしたら、彼は私のノートを取り上げて私が書いた空欄だらけの解答の続きに文字を書き込んだ。
A.馬鹿だから
几帳面な文字の下にはご丁寧にアンダーラインまで引いた。どうやら彼の解答は私が音読した政治経済の設問ではなく、その後の「なんでこんなに難しいの」の方に対するものであるらしい。男のくせに綺麗に整った文字、殊更に漢字が上手いのが憎たらしい。
「何すんのよ」
「これが答えです」
しれっと言って彼は自分の数学VCの問題に向き直った。なによ、と私は不満げに唇を突き出す。結局政治経済の答えは分からないんじゃないか。
大体この男は冷たすぎるんだ。普段から私の扱いも酷いし、今みたいに自分の部屋に彼女と2人きりでも欲情するでもなく淡々と数学の問題を解いてる。私の為に表現する愛情なんて無いってか。この冷血野郎。
「悪かったな」
その冷血男が私の目の前で溜め息を吐き出した。心底呆れたような彼の表情を見て、心の中で考えていた事を口に出してしまっていたらしい事くらい言わずもがな理解した。どうやら私は思った事を心の中に留めておく事が出来ないらしい。これが私が彼に馬鹿呼ばわりされる原因のひとつでもあるのだけれど。考えた事を無意識に口にする癖があるらしい。困ったものだ。
「申し訳ないけど、」
彼は急に私を強引に彼の腕の中に引き寄せ、ぺろりと耳を嘗めた。俺にも人並みに性欲はあるし、お前への愛情なんてそれこそ溢れるほどなんだけどね、と甘い声で低く囁く。
「…なんでそうやって、」
いつも冷たいくせに、と言う前にシャープペンシルと仲良しな彼の指は私の顎を捕まえていた。
ああ、喰われる。私の脳内暴走のせいで。
そう覚悟した途端に唇に触れた感触は、一瞬の内にまたすぐ離れて行った。ぽかんとする私を見て一笑すると、彼はまたしれっと言い放った。
「それが答えです」
やっぱり彼には敵わない。なんて憎たらしい。私はせめてもの反撃とばかりに、自分の政治経済の問題集の解答ページをきちんと確認してからもう一度さっきの設問を音読した。さっきよりも大きく、更に滑舌よい声で。
「この答えは?」
「ブレトンウッズ体制」
「恐れ入りました」
moog