「この手を決して、離さないでね」
「気持ちわりいこと言ってんなよ…」


気持ち悪かろうがなんだろうがどうでもいい。この状態で、イベント好きが多く集まるD組で突如催された“全員集合!あえての冬の肝試し大会”中に一人にされるくらいなら、気持ち悪いことを言うこともそれによって気持ち悪がらることになったってあたしは一向に構わない。キャラじゃないのは重々承知だが、あたしはこのテのものが本当に苦手なわけで。だから正直、気の弱い大竹くんやあたしより細くて白い柳瀬くん、そして完全に道中で寝てしまいそうなジローとペアにならずに済んだことを神に感謝すらしている。宍戸とコンビっていうのも当たりだと思う。この人こういうの、全然平気そうだし!なんて思っていたら、突然目の前にワッサーてなったよくわかんないものが飛び出した。


「ギャー!!!!!」
「おい、バカ!ひっつくな!!」
「は?!」
「あ?!」
「ひっつくなって…だってあれなに…」
「モップかなんかだろ。つーかモップでおまえ…」
「なんだあ、モップか!」
「分かったんならさっさと離れろ!!!」


平常心を取り戻したあたしの手を宍戸は払いのける。え、ていうか。そんなに怒ることある?


「…ねえ、宍戸」
「なんだよ」
「これはさ、肝試しなわけじゃん」
「ああ」
「あたしはさ、怖いのダメなわけ」
「だから?」
「だから次またなんか飛んできたら絶対さっきみたいに」


なっちゃうと思うからゴールまであたしに縋られることをどうか我慢してくれよっつーかしろよ。という言葉は進行方向からすごいスピードで走ってくるやたら上半身の長い首がちょんぎられている男の登場によって遮られる。遮られるっていうか、あたしの言語能力がフリーズする。なにあれ!早!腿あげすぎだし腕ふりすぎだし、コミカルなのに何故こんなに怖いの…?


「だからひっつくなって言ってんだろ!?」
「……」
「おい!!!」
「……」
「おい、橘…?」


ああ、もう駄目だ。なにあれ怖すぎる。なんか軍人さんの服着てるし。めっちゃ早いし。このクオリティの高さはいったいなんなんだ。


「おま…!泣くなよ!つーかあんなので泣くとかおまえほんと…それはないぞ」
「ぐすっ…うるさいよ」
「(ぐすって…)」
「あたしこういうのほんとに、だめなんだよ…」


自分でも嫌になるけれど。あたしが平気な子をどんなに羨ましく思っているか、そちら側の人間の宍戸には到底分かりっこない。ああ、やっぱり同類っぽい大竹くんや柳瀬くんと助けあいながら道中を進んでいったほうがよかったのかもしれない。だってもう、この宍戸のめんどくさそうで加えてウザそうな顔ったらない。酷過ぎる、この冷酷テニス男め!


「…ほら」


ショック死したら化けて出てやる。そんな恨めしいことを考えているとき、宍戸から左手が差し出された。


「…カツアゲ?」
「ああ?!」
「ほらまた怒った!迷惑料とろうたってそうはいかないんだから!ていうか払ってもいいから」


最後まで一緒にいてよ。その言葉を口にする前に右手を掴まれる。宍戸はそのままあたしの手を引っ張って、こちらを見ずにずんずんと歩きだす。


「…宍戸?」
「うるせー」
「なにそれ」
「いいから」
「いいからって…」


木の陰から火の玉が現れたことによって会話がまた中途半端に途切れる。あたしはぎょっとしてそれを目で追うけど、その光に照らされた宍戸の顔を見て、急に意識がそちらに移った。


「宍戸…?」
「あ?!」
「顔、あか」
「火の玉効果だバーカ!」
「バーカって…やっぱあんた酷いわ!!」
「うるせーバーカバーカ!!」
「なっ…!」


ここから先恐怖はまるで感じなかった。それよりも宍戸との醜い言い争いに夢中になってしまったことが理由だろうが、それは果たして、吉だったのか凶だったのか。だってゴールを迎えてもあたしたちの喧嘩は止むことを知らず、熱が冷める頃辺りを見渡せばクラスメイト全員がこちらを向いてニヤニヤしていて、手をつないだままの口喧嘩なんて痴話喧嘩にしか見えないと、さんざんからかわれたのだから。



つり橋効果を知ってるか
火の玉係りのジローが言った。人が恋に落ちる瞬間を、初めて見てしまったと。



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BY真山巧(ハチミツとクローバー)






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