「どうしても帰らないのか」
「どうしても帰りたくないの」
「君は学生だ」
「もちろん」
「私は教師である」
「知ってます」
「いや、分かっていない」


分かっているならこんな場所には来ないはず。そう言って先生は深く深く、ため息を漏らす。眉間にはしわが寄って、ただでさえ思慮深い先生の顔はさらに悩ましい難儀なものとなる。どうやらあたしは、先生を困らせることしかできないらしい。毎年バレンタインも誕生日も、プレゼントを差し出すと先生はいつも少しだけ困った顔をする。有難う。堅い口振りでそう言って、その顔のまま笑うのだ。


「ごめんなさい」
「君はいい子だ」
「……」
「成績もいい。こんなことをして将来を」
「いい子なんて言わないで」


泣きそうだ。先生はあたしを、いい子だと思っているなんて。


「困らせてばっかりいるのに」
「……」
「困らせることで、いい子だとか、生徒だとか、思われないようにしてるのに」
「…橘」
「…酷いなあ、先生は」


涙が、零れそうになる。どんなことをしてもあたしは子どもで、先生は大人だ。いい子なんて言われると、それを痛感してしまう。いくつ年が離れているかなんて考えたくもないのに。ああ、どうしてあたしは周りの友達みたいに跡部くんや宍戸くんを好きになれないのだろう。どうして先生に、先生だけに、こんなにも恋焦がれてしまうのだろう。


「先生」
「ああ」
「すきです」
「橘」
「好きなんです」


整然としたシックなこの部屋にはあたしの醜い感情だけが漂う。先生は決してあたしを見ない。手を出してなんてくれない。聖職者のこの人は、あたしのためにモラルを捨ててなんてくれないのだ。いつもそう。無理やり先生の家に押し入って。好きだ好きだと連呼して。車で家まで強制送還。その繰り返しの途中で先生の心が揺らぐことを願っているけれど。


「送っていくから、下で待っていなさい」


先生はそれだけ言ってソファから腰を上げる。そして今日この部屋に来て初めて、先生があたしに視線を向ける。そして申し訳なさそうに笑うとあたしの頭にその大きな掌をのせて、部屋から出て行った。そしてあたしは先生のこういうところが、あたしに決して手を出さずただ優しくしてくれる先生が大好きなのだと気付き、矛盾ばかりの自分の恋心にまた絶望を覚えたのだった。



Voi che sapete che cosa e amor

結局私はこうして悩むのが好きなのです






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