訴えられた場合有罪になってしまうような行動は、自発的にしないことをおすすめするけど。


そう言った萩之介は、肘を着いて外を眺めていた目をわたしの方に流して、呆れるようなため息をひとつ漏らした。ええい、そんな美しい所作でわたしの欲望が消えるとでも御思いか。


「止めても無駄だよ」
「止めときなって」
「止めないって宣言したのに止めときなって言うのは止めてよ!」
「はあ…」
「ふん」
「つかさ」
「なに」
「好い加減にしなさいね」
「…また大人ぶって…萩之助っていつもそう」
「そりゃあ、幼なじみがウチの部長のジャージを切り裂こうとしてるんだ。俺が大人になって事前に事件を防ごうとするのは当然でしょ」
「……」


跡部の為というより君の為にそう思うんだよつかさ。そう言う萩之介はもう外なんか見ていない。まっすぐにわたしを捕らえ決して逃がさない。これが萩之介のやり方だ。目の前のこの人はいつだって、15年間悪に手を染めようとする瞬間のわたしに、瞳で手錠を掛けてきたのだ。よく考えればそのおかげでわたしは未だに周りから変人扱いされていない。わたしはこの人に守られて生きている。その事実に、自分が一番驚き慄く。


「初めはなんだったっけ」
「君のお母さんの真珠の首飾り」
「懐かしい…」
「そういえばアレは、なんで引き千切ろうと思ったの?」
「美味しそうだったから」
「へ、へえ…」
「ほら、あたし貝類好きだし」
「成る程ねー…」


そんな単純な理由だったなんて、もっと早くワケを聞いてみればよかったよ。そう言って萩之介は困ったような顔のまま笑う。わたしの嘘なんてお見通しで、それなのにそれを正そうとしない萩之介。放っておけばそのうちわたしが本当のことを話し出すと知っているのだ。わたしは萩之介を全面的に信用している。ということを彼はわたし以上に知っているから。


「あの時は」
「うん」
「ママがわたしよりも宝石を愛おしそうに眺めたから」
「それが君の常となった被害妄想の始まりだ」
「男の子にブスは帰れって追いかけられた」
「彼は今でもなまえのことが好きみたいだよ」
「わたしより可愛くてチヤホヤされてたカナちゃんの、ふでばこ隠したのもわたし」
「その後俺がこっそり戻しておいたから大丈夫」
「ごめんね萩之介、いつもいつも」
「よしよし、大丈夫だから」
「ごめんなさい」
「おいで、つかさ」


萩之介はわたしが握りしめていた跡部くんのジャージを回収した後、わたしをぎゅっと抱きしめてくれる。いつだって優しい言葉と目でわたしを助けてくれる彼の腕の中は暖かく、救いようのない自分が唯一誇れるものはこの幼馴染だと改めて実感する。
おまえと付き合うことは出来ない。
先ほど跡部くんが慎重にその言葉を口にしたことを思い出す。彼は誠実に丁重にわたしの告白に対応してくれたけど、その答えは勿論わたしの願う通りではなかった。そのあとすぐに腹立ちまぎれに部室のドアを蹴破って跡部くんのロッカーをこじ開けたけど、別に本気で彼のジャージを切り裂こうと思ったわけではない。その間わたしはずっと、萩之介を待っていたのだ。こうしてわたしの奇行を止めてくれるのを派手な物音をたてながら、あなたを待っていたんだよ萩之介。わたしはただ、跡部くんが好きだったから、今でも好きだから、だから悲しくて。


「どうしていいか分からないだけなの…」
「うんうん、分かっているよ」
「い、いつになったらわたしは、普通になれるの」
「普通になんてならなくていい」
「どうして」
「俺がずっとおまえのそばにいるから」


大好きだよつかさ。エキセントリックでヒステリーな女の子も悪くない。萩之介はそう言った後、王子様みたいに華麗な所作で、わたしの手の甲にキスを落とす。そしてもう片方の綺麗な指が涙を拭ってくれる。その間小声でなにかを呟いたけど、わたしの耳までそれは届かない。不思議そうな顔をするわたしを見て萩之介は笑う。なんにもなかったような顔でわたしを手を引き、部室を後にすればそこに残るのは静寂と、わたしが一生知ることのないであろう、彼が残した秘密の言葉。


ごめんねつかさ、協力ありがとう跡部。だって君を相手にできるのは、世界中で俺だけだろう。






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