こんなにずるい女を俺は他に知らない。たぶんこれからもずっと、つかさ以上に酷い女に、出会うことはないと思う。


偶然に鉢合わせたのは3階の第二視聴覚室の前。つかさがいないと分かってA組に戻る俺と、あと5分で始まる4限に急ぐこの、幼馴染の女。運がいいのか悪いのか、廊下にもう人影はなく。


「……」
「…ま、また会ったね…」


つかさを睨んでみる。こいつが俺にした仕打ちを思えばそうするのも当然だろう。ど、どうしてそんなに怖い顔をするの?なんて、慌ててふざけてそんなことを言おうものなら叫んでやろうと思っていた。
おまえなんか大嫌いだと。
しかし、こいつはいつだって俺の一歩前を歩いて、予想もしない行動に出るから。


「今までごめんね」
「…あ?」
「跡部くんに、酷いことばっかりしたでしょう」
「…跡部くん、だァ?」
「でも、大丈夫だから。10年も経って今さら幼馴染づらしたりしないから」


だから安心してね、子どもの頃はごめんなさい。困ったように笑って、でも真っ直ぐに俺を見てつかさは話をする。それは昔から変わらないこいつの癖だ。そしてそれに、未だに俺は照れて目をそらす。つーか、ごめんなさいってどういう意味だよ?それにいつからおまえは俺様に対する呼び名を変えたんだ。朝はけいごくんって、昔とおんなじトーンで呼んでくれたじゃねえか。後者は俺の心のボヤキとして納めておきたいところだが、前者は普通にこいつに問いたい。しかし、何故だ、言葉が出ない。ああイライラする。
なんでそんなに悲しそうな顔で俺を見るんだよ?


「跡部くん」
「…その跡部くんっての、止めろ」
「な、名前を呼ぶことくらい、許してほしい」
「あ?何言ってんだ」
「わたしあなたが好きだった」


躊躇う俺をよそ目につかさが続けた言葉によって、俺はもう、動くことさえできなくなる。


「好きな子に意地悪するのって、男の子だけじゃないみたい」


ずるい女だと思った。
朝から俺の感情は馬鹿みたいに波を打っている。その振れ幅の大きさに、心は対応しても体は追いつかないようで。何も言わない俺を見てつかさがまた申し訳なさそうに笑う。どうしておまえはいつだって、俺の先を歩くんだ。行動がまったく読めないから、俺の対応は当然のごとく後手に回る。俺の目はなんでも見えてしまう故に、サプライズ、予期せぬ事態に滅法弱い。


「全部忘れて、改めてこれからよろしくね。跡部くん」


だからおまえに、先ほどやっと嫌いになれた初恋の相手にそんなことを言われても、どういう言葉をかければつかさを引き留められるかなんて、もちろん思いつくわけもなく。つーかその、なんだ。あいつ俺のこと好きだったって、マジかよ。


去っていくつかさの後姿を見ながら、相変わらず人の心の機微の分からぬひどい女だと改めて思う。
そして、過去両想いであったとしたってそれは5歳の頃の話で、あっちはめちゃくちゃ過去の話と割り切っているのにその告白に舞い上がりすぎて声が出なく体も未だにまともに動かない俺は俺で、相当ひどくしょうもない男だとも思う。
ああ、本鈴が鳴っている。






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