※死にネタです






神さまはふこうへいだ。どうして俺のつかさにばかりこんな仕打ちをするのだろう。もうずっと、苦しんできたのに。苦しんで苦しんで苦しみ抜いて、それでも前だけを見て生きているのに。分からない。どうしてアンタがそんなにも、つかさをあちらに連れて行きたがるのか。


「…ジロー?」
「おはよ、つかさ」
「来てくれた…」
「いつも側にいるよ」
「ふふ…甘いこと、言っちゃって」
「ああ、おかしいよね」
「あたしは、嬉しいけど」
「いつでも言ってやんよ」
「嬉しい…」
「おう」
「ジロー」
「…おう」
「あたしずっと、嬉しいからね」
「……つかさ」


つかさの指先が動いた。どうやら手を持ち上げたいらしい。俺はすぐにそれを取って自分の両手に包み、祈るような形をつくる。俺は笑った。もう手も上手く上がらないつかさがそのことで悲しまないように、落ち込まないように、俺は笑っている。だけど心はもう限界だ。その事実に馬鹿みたく動揺しているのは俺だし、いつまで経っても温まらないつかさの右手を思うと発狂しそうになる。神さまお願い、まだ、もう少しだけ、待って。


「泣いてるの、ジロー」
「…あ?あー…気のせいじゃない」
「うそつき」
「…うそじゃねえし」
「いい、よ」
「え?」
「ずっと、あたしのために、泣かない、から」
「つかさ」
「泣いて、いいよ」
「…泣かねえよ」
「無理して、笑わないで?」


そんなことを言って、つかさは笑った。かなしく白いあかるい死の床で。こいつの命は後何分持つのだろう?それなのにさっきっからつかさは、俺の心配ばかりする。また涙腺が緩む。でも今度は泣かなかった。俺に出来ることはもう一つしかない。笑ってこいつを、見送ってやること。ここは無音で、病室の外から響くつかさの母親の嗚咽だけがやけに大きく聞こえる。最後まであなたといたいと言うのよ、よろしくね、ジローちゃん。それはここに入る前、おばさんが俺に言った言葉だ。ドアが少し開いたためそちらを振り向けば、苦い顔をした医者の顔が覗く。先生はその顔のまま首を横に振った。とっさに俺は向き直る。動揺するな、見なかったことにするんだ。とうとう神さまがここにやってくる、俺はそれに、必死で気付かないふりを決め込んだ。


「つかさ…苦しい?」


少し口角が上がって、呼吸器の中が白く染まる。おそらくううん、と言ったのだろうがどうやら声が上手く出ないらしい。どうすればいい。俺は、どうしたらいいんだ。混乱する頭とは裏腹に、口は勝手に、機械的に動いていく。動き出したらもう止まらなかった。


「…なあつかさ、俺たちここまでくるの、ほんと大変だったよなあ?おまえん家金持ちだし厳しいし、覚えてる?初めて俺が家に呼ばれたとき、おばさん一瞬固まっちゃってさ。あんときほど腰パンと金髪を悔いたことねーよ。すげー気まずかったし緊張したし、それはおばさんもおんなじだったと思うけど。でも今はどうだよ。あんなに堅いおまえの母ちゃんとも俺、まじまじすっげー仲良くなれたよ。芥川君、なんて困ったように呼んでたのに、今ではジローちゃんだもん。呼称で人間関係が図れるってあれ、ほんとだな。だって俺たち、同盟組んでんだ。つかさのこと大事なもの同士、一緒に戦っていこうって決めたんだ。なあつかさ。そうするって、決めてるんだよ。おまえがよくなるまであきらめないって決めたんだ。だから、なのに、それなのにおまえがいなくなっちまったら、死んじまったら、おばさんは、俺は…」
「…じ、ろ」
「…ごめんなあ…つかさ。辛かったのも痛かったのも、寂しいのもおまえなのに。今、たぶん俺は、笑ってないといけないのに。でもやっぱ俺そんなことできねえ。笑っておまえを送ってやるとか、送るとか、そういうの…」


にぎり締めていたつかさの手を自分の頬にあてる。そして俺は泣いた。つかさの名前を繰り返し呼びながら。あっちに連れて行かれないように、引き止めるようにつかさの名を叫ぶ。でも俺は、神さまが病室のドアを開けたことに気付いてしまった。どくん、心臓が悲鳴をあげる。頭が真っ白になった、瞬間。もう片方のつかさの手が俺の頬を包む。驚いてうな垂れていた頭を上げると、つかさは笑ってた。いつの間にか呼吸器は外れていて、とても綺麗に、変な話だけど、生き生きとした顔で、笑っていたのだ。


「つかさ」
「今までごめんね、たくさん、迷惑かけたから」
「何言ってんだよそんなの」
「でも、ジローが無理して笑うの見て、あたしも辛かった」
「あ…」
「我慢なんて似合わないよ?」
「……」
「だからね、正直に話してくれて嬉しかったんだ」
「…そっか」
「あ」
「なに?」
「やっと笑った」
「…なんだよそれ」
「嬉しい」
「バッカ」
「悲しまないでね、ジロー、あたしずっと、嬉しかったんだから」
「…つかさ、おまえ」
「忘れないでね、」


「あなたの笑顔が大好きよ、ジロー」


それから大きな深呼吸をひとつ。両手からは力が抜けて、つかさの機関はそれなり止まった。神さまにつかさをとられた瞬間だった。それからのことはよく覚えてない。葬式の形式もよく分からない。俺はただつかさのそばにいた。おばさんごめんね、俺ちょう役立たずだね。そう言うとおばさんは笑って俺を抱きしめてくれた。その顔は少しだけつかさに似ていて、俺は今際の際のつかさの言葉を思い出す。あなたの笑顔が大好きよ、ジロー。あの最後の笑顔と饒舌は、夢だったのだろうか。状況が状況なだけに現実感がなかった気がする。もしかしたら、あんまり俺が悲しむからつかさは迎えに来た神さまに最後のお願いをして、力を貸してもらったのかもしれない。そんなふうに思うんだ。こんなふうに思うんだけど、つかさ、おまえは向こうで笑ってるかな?


「…よう、ジロー」


顔をあげれば跡部やら宍戸やら、レギュラーみんなして喪服なんて着て来て、心配するような目でこちらを見ていた。鳳が泣いてる。岳人が白い顔を見上げて煙突の煙を追っている。ああ、忘れないよつかさ。おまえのことも、おまえの笑った顔も、最後の言葉もずっとずっと、忘れないよ。それを証拠にとりあえず俺は最高の顔で笑って、目の前のこいつらを安心させてやるんだ。さよならつかさ。愛してっからね。



俺もおまえの笑った顔が、大好きだったよ


ぼくのかみさまのこども




※一部「レモン哀歌」から抜粋






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