おはようと言う跡部の声は完璧なまでに、すべての始まりの朝に相応しいと思った。


「…かっこつけすぎじゃない」
「アーン?」
「ここは日本だよ。英語なんか使っちゃって」
「女はこういうの好きじゃねーのかよ」
「はい?」
「青い目、流暢な英語、澄んだ声」


自分で言う?普通。


「おまえは特に大好物だろ、こういうの」


にやりといやらしく笑い、学園のキングはわざわざご丁寧に試合で見せるインサイトな手つきまでサービスして下さった。くそ、悔しいけど当たってる。そもそも外タレ好きなのだ。大好物だし大好きですよ。


「俺様の目は誤魔化せらんねーんだよ」
「はいはい…」
「否定しねーんだな?」
「ちょっと、朝からなんなのそのテンション」


かまってちゃんすぎる。人のことイジりすぎでしょ。なんてったってまだ朝の7時30分だ。夏休み最初の合宿初日の、まだ早すぎて誰も来ていない、小鳥がさえずっているような時間帯に、深夜のよく分かんないテンションに似たそれを持ち出してわたしにぶつけるのはやめてくださいよ。確かにわたしはあなたのこと完全に片思ってますけど、その恋心を持ってしてもちょっとうっとうしいです。


「(なんて言うわけにもいかない)」
「なに黙ってやがる」
「なんかいいことでもあった?」
「あ?」
「はい?」
「…ねーよ別に」


今まで変にはしゃいでいたくせに(いつも思う。跡部のはしゃぎ方って実にヘン)、その理由を聞くべくいざ切り込んでみると、目の前の男は急に不機嫌な様子を作り、ぷいっと視線を窓の先にうつす。なんだっていうんだ。ていうかその拗ねた顔、ナルシストなあなたでも自覚し得ないぐらいの威力があるからやめてくれ。美形の拗ねた顔なんて。ねえほんとに、どうしてあなたはそんなに可愛いの。


眩しくて美しいくせにどこか子供くさいところ。あたしはあなたのそれに、どうしようもなく弱い。


「ねえなんなの、早く言いなよ」
「俺様に指図か?」
「聞いてほしくてヘンな方向からイジってきたんでしょ、早く」
「…可愛くねー女だな」


もう何年も、学園でもおそらく家でも王様のこの人が、今でも子供らしい理由はただ一つ。


「…手塚のヤローから」


詐欺のような見た目のくせにこの人は、未だに恋愛なんてそっちのけなのだ。


「メール着た。もう肘、まったく問題ないってよ」


あなたを更に輝かせるのはやっぱり手塚くんで、テニスなんだね。


「(そんなところも好きなんて言えない)」
「まあ、すぐに俺様に敗れる運命だがな。せいぜいライバルには頑張ってほしいもんだぜ」


跡部が恋愛に興味を持つのはいつだろう。高校生になったら?ハタチを過ぎればいくらなんでも…なんて、歳のせいにしてみるけれど。この人が女に熱を傾けられないのは、周りにこれだという子がいないだけではないか。それとも本当に、幼いゆえに自分の興味の対象を細分化できず、テニスだけを追いかけてしまっているのかな。あなたにもう何年も片思いしてる同級生からすれば、切実に後者であってほしいけど。


「…それで機嫌良いんだ」
「あ?」


不毛な片思いでもいい。やっぱりわたしは、テニスに片思いしてるあなたが大好きだよ。


「跡部って結構可愛いよね」
「…殺すぞ」


けっこう本気で跡部はその言葉を吐いた。さすが氷の王様。夏なのに空気がひんやりします。


「今日も一日、頑張ろうね」


イラついたまま休憩所から外に出た跡部が振り返る。朝日はまだ新しく、世界は白い光のなかにある。


「バーカ、おまえもさっさと来いよ…橘部長」


やっぱり、この人は朝がよく似合う。



朝を 連れてくる 君







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