男でも女でも、過ぎた美形は本人の身を誤らせ、そしてそれだけでは済まず、他人の身をも誤らせる。この科白はどこで覚えたんだっけ。映画だったか、小説だったか。こないだまでやっていた刑事ドラマの台詞かもしれない。まあ元手なんてどこだっていいんだけど。あたしはこれ、間違っていると思うんだよね。


「…ん」


過ぎた美形である跡部は身を誤ったりしない。あの文句が的確なのは、後半部分のみだけだ。


「…よお」
「おはようございます」
「ああ…おう」


跡部の寝起きが悪いのはいつものことだけど、この様はいつもの凛とした生徒会長さまからは想像できないくらい可愛らしいから、あたしはいつもこっそりと笑ってしまう。目をなんとか開けようと歪む眉間が愛らしい、なんて思っていることが知れたら、きっと跡部は怒るだろうから。


「つかさ」
「うん」
「今、何時だ」
「もうすぐ4時間目終わって、お昼だね」


やっとのことで上半身を起こした跡部は、人が集まる前に出ねえとな。そんなことを言いながら右手で眉間の辺りを抑えてる。おそらく寝足りないのだろうと思うけど、ここで同情するわけにはいかない。跡部の言うとおり、お昼には保健室に溜まる生徒も少なくなく、その子たちにあたしたちが閉じられたカーテンの中で何をしてたか訝しがられるのは(実際なにもしてないのに!)旨くないから、その前に即刻ここから立ち去るべきだ。


「…まあ言ってもあたしは、保健委員なんで」


ベッド脇の、簡素な椅子から腰をあげる。跡部は未だに無言のまま、同じ格好で眠気を払い落とすことに必死のようだ。あたしはそんな跡部を見ながらつい、この人とここで初めて会った時のことを思い出していて。


ー…起きるまでここにいてくれないか


誰もいないはずの保健室のベッドのカーテンの中を除くと学園の王様がいた。一般庶民のあたしとしては、どうしていいか分からず一瞬固まるシチュエーションだ。しかもタイミング悪く、王は寝落ちする前である。たじろぐあたしと、眉すら動かない跡部。大して興味もなさそうにあたしの全身に一瞥をくれた後、起きるまでここにいてくれないか。それがあたしたちの奇妙な関係の始まりだった。


多忙なこの人の仮眠時にお傍に侍る、あたしたちはもう、何度これを繰り返してきたのかな。


「…じゃあ、とりあえずあたしは」
「待て」
「なに」
「いいから座れ」
「…先生みたい」


ヘンなの。笑いながらそう言って、仰せのままベッドに腰を下ろす。


「心して聞けよ」
「イエースユアマジェスティ」
「言った傍からフザケンナ」
「いたいっ」


忠誠は伝わらなかったらしく鼻をつままれる。地味に痛い。


「いいか、聞けよ」
「女の顔になんてことを…」
「うるせえブッ殺すぞ」


わざと爽やかに笑って殺人予告をする跡部の顔は控え目に言っても、ぞおっとするほどの美形だ。暴言なんかちっとも怖くないけど、あたしは跡部の顔の造りにいつも恐怖を覚える。過ぎた美形にあたしはまた一人、身を誤ってしまうよ。


「次、口を挟んだら犯す」


庶民が王様に恋をするなんて、間違いもいいとこだ。


「俺は構わない」
「何が」
「…早速か」
「え?」
「口、挟んだな」


いや相槌でしょ。その言葉を吐き出す前に、跡部はあたしの腕を掴んでそのままベッドにひっくり返した。ちょっと待ってくれ。当たり前のように自分も体を倒すのは止めてくださいよ!と、言いたいのに。


「(びっくりしすぎて声出ない)」
「良い眺めだなあ、アーン?」
「な…な、にをして」
「大体てめえは鈍い、大概にしろ」
「……あ」
「あ?」
「もしかしてまさか」
「おう」
「…身を誤ってるの?」
「なんだそりゃあ」


俺としてはだな、人が集まろうがなんだろうが、構わないって言ってんだ。跡部はそんなことを呟いてまた、この状態で焦らすな即刻返事をよこせ、そもそもてめえは薄ぼんやりだ、知らない女に起きるまで待ってろなんか言うか、好きじゃねえ女に低血圧の振りするか、とポンポン甘い暴言を続けるけど、あたしはまた失語症にかかったかの如く言葉を失ってしまう。あたしのこと知ってたの、とか、あの眠そうな素振りが嘘だったなんて役者かあんた、とか、反撃したくてしょうがないのに!大体恥ずかしい、歪む眉間が愛らしい、とか思ってたあたしなんなの…!って、覆いかぶさるのは上半身までにしてよ、再びベッドに乗らないで、足の間に入ってこないでよ!ちょ、あと、ん…!


「跡部のばか…!」
「喜んでんじゃねえよバーカ」


シンデレラ・ショック
前言撤回。王様が庶民に恋をするなんて、過ぎた美形である跡部は、完全に身を誤っている。










On the Bed〜跡部の場合






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