雨は衰えることなく生徒会室の窓を叩く。これはちょっとまずいのではないかというくらいの力を持って。あたしは豪雨と言ってもいいそれを見上げ、はーあ。教室に一人であることをいいことに、盛大なため息をひとつ。まったくこんな日に限って山のような仕事を押し付けて早々と帰ってしまったあいつは鬼だ。そんなことを、思っていた矢先。


「まだやってんのか?」
「あ、」
「まったくどこまでも使えねえ奴だな」
「…帰ったんじゃないの」


あたしは平静を装うけれど、心の中で吐いた毒に反応してこの人が現れた気がして動揺が隠しきれない。跡部はそれを見透かすようにニヤニヤ笑っているから尚更だ。インサイトだか何だか知らないけど、本当にそれはあたしにとって迷惑な能力でしかない。跡部はあたしの座る真向かいに腰を下ろし、つまらなそうにあたしが作成した書類に目を通してる。


「しかしでっけえため息だったなあ?つかさちゃんよお」
「…ええ、ため息くらいつきます。誰かの所為で帰るに帰れなくなってしまいましたからねえ」
「トロいテメーに問題がある」
「こんな量の仕事残してどの口が言うか」


ハン、と厭味ったらしく笑って応戦すれば、可愛くねえ女、と呆れるように跡部は呟いた。それに対して、ああそうですよ、どうせあたしは可愛くないですよ。そう続けることができなかったのは、跡部のその言葉に少しだけ傷付いたから。ねえ跡部。ただの生徒会役員で会えば軽口しか叩けないあたしだけど、ほんとはね。


あんたのことが、どうしようもないくらい好きなんだよ。


「そういやぁおまえ」


それを口にすることは、たぶん一生ない


「おい、聞いてんのか」
「…ああ、なに」
「っち、いつまでどこでもぼおっとしやがって」
「いつでもどこでもってどういうこと…」
「俺様が訊いてるんだよ」
「あーもうなんですか」
「お前みたいな女と付き合う酔狂は、どんな男だって話だよ」


びっくりして、シャーペンの芯が折れた。目の前にいびつな文字が現れる。あたしは思わず跡部のほうを向いてしまうけど、こいつは依然と書類から目を離さない。ああ、本当に、落ち着いてよ自分。跡部にとってその質問は、なんの他意もないんだから。 


「…なんで知ってんの」
「なんだ、隠してたのか」
「そういうわけじゃないけど…」
「俺様がこの学園で、知らねえことなんざねえんだよ」
「へえ、気持ちわるい」
「アーン?」
「普通の人だよ、超フツー」


そう言ってあたしは仕事に戻る。この話はもう終わり。その気持ちを読みとってほしくて、あたしはわざと顔を机に近づけるけれど。真正面にいる跡部は、あたしから目を逸らさない。なんなの、なんでよ?


「つかさ」


跡部もいいけど、俺も悪くないと思わねえ?ふざけるような口調で緊張を消して、そんなことを言ってくれたあたしの良き相談相手は、今ではあたしの恋人だ。その人のことを、いじらしいと思った。愛おしいと思ったから。あたしたちは付き合うことにしたのだ。そしてほんとのことを言えば、あたしは跡部に、早くそれに気付いてほしかった。あたしが学園の男の子と付き合いだしたことに、気が付いてほしかったのだ。その後で目の前のこの人が、どういう気持ちになるのか、知りたくてしょうがなかった。でも今ではどうだ。まだ話を終わらせたがらない跡部を前にして、困惑するばかりであたしは、跡部の顔すらまともに見れない。


「つかさ」


跡部が二度、あたしの名前を呼んだ。観念して跡部に視線を合わせるけれど、動揺は見抜かれていないはずだ。割となんでも顔に出てしまう自分だけど、良いのか悪いのか、あたしは一度決めた嘘なら上手に貫くことができる。“跡部のことを好きじゃないフリ”をすることに決めたのは、この生徒会に入る前のこと。だから跡部には今も昔も、気付かれていない自信があるんだ。それが良いのか悪いのか、やっぱり分からないけれど。


「なに」
「好きなのか、そいつのこと」
「…なんで」
「いいから答えろよ」
「好きじゃないなら付き合わない」
「……」
「……跡部?」
「そうかよ」
「…うん」
「そりゃあ、そうだな」
「…そうだよ」


お互いに口が重くなる。あたしはともかく、あなたはどうして?そんな疑問が頭を過る。過るだけ、尋ねることなんてとてもできない。でももう、この人から目を逸らせないこともまた事実で。


「…なあ」
「なに」
「気持ちわりいこと、言ってやろうか」


雨の音が怖いくらいに教室を襲う。ここには勿論、あたしと跡部しかいない。言ってやろうか、と言ってからこの人はもうずっと、なんの言葉も発していない。沈黙は痛いし、どうも落ち着かない。あたしたちは顔を合わせばいつだって、ぎゃあぎゃあと騒がしいのが常だ。こんな雰囲気になること、今まで一度もなかったから。窓を打つ雨から視線を移して、跡部を見た。この人もあたしを見ている。ああ、嫌だ、この感じ。もしかしたら跡部はすでに、あたしの気持ちに気付いているのでは?そんな懸念が頭をよぎる。すると顔が熱くなって、あたしは思わず自然を下に向け、跡部から目を逸らした、そのとき。


跡部は、情けねえけどな、なんて前置きをして。自嘲するように笑って。


「おいノロマ」
「…な」
「俺は今、すげえ傷付いてるよ」


化かし合いにて相殺



跡部が教室を出て行く。俺の負けだぜ、という言葉だけを残して。ああ、その通りだ。互いに知らずに、始まっていたこの勝負、どうやらあたしの勝ちらしい。でもどうして嬉しくないどころか、跡部の高性能なあの眼が、あたしの気持ちにだけ盲目であることが、どうしようもないくらい虚しくて。あんなにも頑なに、自分の気持ちを見抜かれないよう努めていたにもかかわらず、だ。あはは、もう笑うしかない。まったく笑ってしまう!心は外の雨のように激しく泣いているのに、滑稽で鈍間なあたしは実際に涙を流すことさえ、出来ないんだから。






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