「日吉、日吉!」
「…ここは2年のフロアですよ」
「いいからちょっと来て」
「鳳のことなら俺、関係ありませんから」
「もうあんたしか頼れる人がいないんだよ」
「鳳といったら宍戸さんでしょう」
「ダメダメ、あいつなんか知らないけど長太郎に激感情移入しててさあ、敵の味方はしねーとか言われたもん。敵っておまえ…とか突っ込むのも馬鹿らしくなったからあたしから切っちゃった」
「俺のことも切ってください」
「それはできかねますねえ」
「(相変わらずウザい…)」
「まあ聞いてよ、長太郎がさあ」


誕生日にチョコレート、いただけないでしょうか。テニスをしているときのようなきりっとした顔で、長太郎にそんな頼み事をされたのはバレンタインの一週間前のこと。真面目な顔でそんなお願いをされた時、あたしは正直困惑してしまった。この人以外がそんな台詞を吐いたなら、それは純粋に逆バレンタイン…いや、ちょっと違う気がするけどまあ、告白の類のものになるのだと思う。そう、2月14日生まれの男の子でなければ。


「あんたが悪いって(宍戸さんから)聞いてますけど」
「やだ、日吉までそっちサイドなわけ」
「俺はどっち側もご免です」
「いやあ、だって…」


あれは長太郎の告白であったのか、ちょっと定かではないけれど、でも。たぶん長太郎はあたしのことが好きだ。そしてあたしも勿論、長太郎が好き。あたしたちはそれを口にこそしていないけど、部活のない日は大抵一緒に帰るし、長太郎は何か嬉しいことがあると電話であたしにそれを報告してくれたりする。だからきっと、今まで言葉にしなかっただけで、あたしたちはもう“付き合っている”と言える関係にあるのだと思う。だからまあ、あの日の長太郎の台詞はなんていうか、けじめというか、そろそろしっかりしましょうよ、みたいな、そんな意味が込められていたんだと、あたしは信じているけれど。


「だからさ、作ったよ?手作りとかしたんだよ?あたしが!」
「あのバカそういうの好きそうですもんね」
「でしょ?正直けっこう力入れたのよ。既成のチョコを溶かして形を変えるっていう味気ない行為に力を入れたわけ」
「そんなに言うならカカオでも取ってきてそこから作れば良かったじゃないですか」
「え…コートジボワールとかから…?」
「はは、そうですよコートジボワールからカカオ取ってくりゃあ良かったじゃないですか」
「日吉もしかしてさ、あたしのこと馬鹿にしてる?」
「そんなことないですよ」
「しらっと嘘付くねあんた」
「俺そろそろ行かないと」
「行かすかっつーの!まだ続きがあるんだよ」
「続きって…知ってますから。約束したのに結局当日になってあんたがそれを渡さなかったことを鳳が根に持って怒っているんでしょう?正直言って、死ぬほどどうでもいいです」
「やっぱりまだ怒って…?」
「知らないですそんなの」
「携帯は出ないし学校では避けられるしで、取り付く島もないんだよ」
「だから知らないですって。まあ、明らかに注意力散漫で部長にしょっちゅう怒られてるのは確かです」
「まじか…」
「もう行ってもいいですか」
「だめ…」
「(この女…)」


バレンタイン当日、あたしは当然、長太郎にチョコレートを渡すつもりだった。長太郎の喜ぶ顔なんかを想像すると、正直ちょっと楽しみだったりもしたのだ。


でも。


「…だって、凄かったから」
「は?」
「女の子」
「はあ…?」
「あの日長太郎の周りに途切れることなく女の子がいたから、それでその子たちがすっごく可愛いラッピングしてたり他にプレゼントも付けてたり超高級だったりしたから、だから渡せなくなっちゃったんだよ!」
「…やっぱりコートジボワールからカカオ取ってきたほうが」
「だからいいんだってコートジボワールは!低温でふざけんなこの馬鹿!」
「国名だしたのはあんたですよ」
「カカオが元凶だっつーの」


日吉と互いにいがみ合うなか、ここでなにをやっているのだろう?あたしは虚しくそんなことを思う。大体日吉とあたしじゃこんなふうに、訳の分からない水掛け論になるのは目に見えていたはずなのに。あの日、長太郎の誕生日、テニス部の練習が終わるのを待っていたのはあたしだけじゃなかった。夕方寄りの夜の7時、どうしても長太郎にチョコレートを渡したいと願う女の子は、あたしだけじゃなかったのだ。あたしは絶対に、あの子たちのように可愛い態度はとれない。どうせ、超頑張ったんだから一ヶ月後楽しみにしてるとか、いらない上におもしろくもない言葉を足して、へらへら笑いながらそれを渡すことになるのだろう。そんなことを思ったら、嫌になってしまったのだ。可愛げのない自分にも、女の子たちの真っ当な熱意にも、そして少しだけ、彼女たちのプレゼントを断ってくれない長太郎に腹が立って、あたしは手作りのそれをゴミ箱のなかに放り込んでしまったのだ。


「…はあ、もう止めよう日吉」
「俺の台詞ですよ」
「言っとくけどあんた、完全に相談役失格だからね」
「本当に勝手な人だな…」
「日吉、ちょっといい?」


背後から誰かが日吉の名前を呼んだ。長太郎だと、すぐに分かったけれど。


「(どうしよう振り返れない)」
「いいに決まってる」
「ごめんな」
「何がだよ。じゃあな」
「うん…部活でね」
「あ、ちょま、日吉!」
「先輩」
「(日吉くん最後は無視ですか…)」
「…先輩?」
「……はい、なんでしょう」


どうしよう、長太郎の顔が見れない。久しぶりのせいだろうか。さっきまでの日吉との会話を、聞かれているかもしれないから?


「…お久しぶり、ですね」


チョコレート、作らなかったの。ほら、どうせあたしがあげなくても、長太郎は食べきれないほど貰うだろうなって思ったし。ね、当たってたでしょ?ふざけるみたいにそう言うと、長太郎はあの時、とても寂しい顔をして、そうですか。そう一言呟いて、それからは、あたしを家まで送ってくれる間、一言だって喋ろうとしなかった。あたしが今、長太郎の顔を見られないのはそのせいだ。あのときの長太郎の顔が脳裏に張り付いていて、罪悪感が頭にのしかかり、とても顔なんか上がらない。それに加えて、きちんと付き合う前に呆れられてしまったかもしれない、ふられるのかもしれないなんて考えているから尚更で。


「つかささん」
「長太郎、あたし」
「いいんです」
「え?」
「分かってますから、いいんです」


思わず顔をあげると、長太郎は優しい顔であたしを迎えてくれる。どうしてだろう。それはいつもと同じ、優しくかわいらしい長太郎の笑顔だけど、どこか大人っぽくみえる。許されているんだと、思った。約束をやぶったことも、可愛げのない態度も、勝手なやきもちで長太郎を傷付けたこと、全部分かって、こうして笑ってくれているんだと思った。あたしは柄にもなく涙腺が緩むけど、それに慌てた長太郎が、女の子から貰ったチョコレートは近くの教会に寄付したとか、さっき先輩と日吉が仲良さそうに話しているのが気になって立ち去れなかったんですとか、訳分からないことばかり言うから結局は笑いだしてしまって。


「…もう、何言ってんの!」
「だって先輩…!」
「日吉と全然、仲良くないよ」
「ほんとですか?」
「ほんとです」
「そうですか…よかったあ」
「長太郎の友達だからだよ」
「…つかささん」
「うん」
「……あの」
「うん?」


長太郎が急に緊張して、あたしはなんとなく、次の言葉を予測してしまった。すると自分も、同じように固くなる。長太郎は一つ下なのに、見かけはとても大人っぽくて、背なんてあたしよりも30センチ近く高い。でも中身はまるで子供っぽくて、完全に弟気質の可愛い男の子なんだけど、でも。今日いままで気付かなかった、長太郎の意外な一面を知ったあたしは、この可愛い後輩は、ほんとは自分なんかよりずっと大人なんじゃないかな、なんて、そんなふうに思ったんだ。


「改めて俺と、お付き合いしていただけますか?」




ヘンリエッタに降る星







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