「んあ…あれ、委員長…?」
「おはよ」
「…今何時?」
「もうすぐ6時」
「やっべー…また跡部に怒られちゃうじゃん」


放課後の教室。この空間には今、あたしとこの人しかいない。学年総会が終わって教室に帰ってみると、芥川が一人机にうつ伏せて寝ているのを発見したのが一時間前のこと。そして今まで、芥川が起きるまであたしはなにをしていたかというと、ただただこの人の寝顔を見ていたのだ。


なんでか置き去りに、出来なかったんだ


「橘さんさあ」
「なに」
「もうさ、外は暗くなってきてるわけじゃんかー」
「うん」
「うっかり寝ちゃった俺が今でもここにいるのは分かる」
「そうだね」
「あんた何してんの?」


言葉ほど口調は厳しいものではなく、いぶかしんでるというより最早それは、一応尋ねてみるけど分かってますから、みたいな口ぶりである。ああ、そうですよね。こうやって寝コケることも起きてみると女が待っていることも、きっとよくあることなんでしょうねえ?


「…芥川ってさ」
「なに」
「もてるでしょ」
「そっかなー」
「なにそれ、モテるじゃん。まあテニス部のレギュラーがうちの学園でモテないわけないんだけど。それでも跡部とか宍戸とか下の鳳くん?とかには敵わないかもしれないけどでもモテるじゃん」
「おめえさ、いつもそういう話し方するよね、ネチネチ固くってさ」
「…そんなこと」
「俺、女はバカなほうが好き」
「……」
「あ、傷付いた?」


ごめんね。ふわりと笑う顔は天使のようだけどどこがだらしない。そしてこれもまた女の子をときめかせる要因の一つなのかと思うと何故か胸が痛んだ。あたしは決して、この人が好きなわけではない。芥川みたいな何考えてるか分からない人って、正直怖い。でも、何故だか気になるのだ。


「あーあ。6時過ぎちゃったC」


何故だかとっても、気になるの


「…もしもーし」
「あ、なに」
「そんなに見つめないでよ」
「芥川ってさ」
「今度はあんだよー。もういいってその問診みたいなやつ」
「…だって」
「芥川ってなになにだよねって…知った口きく女は好きじゃないC、俺」
「……」
「あーまた傷付けちゃった」
「なんでさっきからあたしがあなたを好きみたいな体で話を進めるんですか」
「好きじゃん」
「は?」
「完全に俺のこと好きでしょ、あんた」
「は…」


そんなわけないでしょ。そう言って鼻で笑ってやろうと思った。瞬間、机を挟んで向かい合っていた芥川の体があたしにぐんと近づく。あたしはそれにとても驚いたのに、何故だか時が止まったかのように体は動かない。芥川は机に上半身をのりだしているため、彼の顔とあたしのそれは信じられないほど、近い。もうどのくらいこうしているのだろう。そう思った矢先、お互いの視線が至近距離で絡まり合うなか、芥川は口角を少し上げると、それからすぐに体を元の位置に戻した。


「人間ってさ」
「え?」
「誰でもさみしいときくらい、あるでしょ」
「あくた」
「待っててくれて、あんがと」


それだけ言うと芥川はかばんを持って立ち上がる。送ってもらえるとか思ってないっしょ?なんて憎らしいことをいうものだから、あなたのことほんとに好きじゃないよ、と念を押した憎まれ口を叩いたけれどその言葉を終える前に彼は教室から姿を消していた。そして開けっぱなしのドアの前を通るとき、その隙間からまた明日、と言葉を残して彼は本当に一人で帰って行ったのだった。


ひねくれ天使