正直に言うと、最初見たときからかわええって思ってた。もうどきどきしてた。ちょっと仲良くなれたらええなーって、初めはその程度やったけど、気づけばあっという間に好きになっていた。


初めて見かけたのは1年のときだった。ノーコンで有名な先輩が飛ばしたボールが転がって行った先が、緑化委員で水やり当番をしていた名字さんだった。こんなに遠くまで飛ぶんだね、テニスボールって。そう言ってちょこっと首をかしげて笑って、はい、と手渡すしぐさが本当にかわいくて、そのふんわりとした笑顔にしばらく見とれていた。俺が何て言って受け取ったとか、その後のこととかあんまり覚えてへんけど、そんときはまるでビビビって、電流が走ったみたいな衝撃やったのを今でも覚えてる。


でもその後、それはもう全くと言っていいほど何にも彼女に近づく共通点がなかったから、どうやって話しかけたらええんやろとか、急に話しかけて引かれたらイヤやなとか、そういうことをうじうじ考えていて結局行動できへんかった。2年から部長を任された部活だって必死でやったし、勉強も。もちろん彼女だけが理由なわけじゃないけど、あわよくばそれで俺のこと、ちょっとでも知ってくれたらええなって。今思えば、あの頃の俺ほんま単純やったなあってつくづく思う。それでも名字さんとの距離は変わらんままやったけど、いよいよどうにかせなあかんかもなと思い始めた最後の1年。なんと神様が最後のチャンスで同じクラスにしてくれた。しかも最初の席替えで、隣の席になれた。夢やあらへんやろなって思った。


同じクラスになってわかったこと。名字さんはとっても優しくて控えめな女の子やった。黙って見ていたあのころとは違って、もう俺には話しかける口実はちゃんとある。最後の1年だし、このチャンスを活かさん手はないって、必死に、それはもう文字通り必死に名字さんに話しかけた。謙也からしてみたらわざとらしくて引くわ、だったらしい。たまにわざと筆記用具忘れたりして。名字さんは大人しいというよりいつでも穏やかで、なによりとってもええ子やった。そしていつだって俺の話に名字さんは笑ってくれた。それが嬉しかった。もっともっと好きになっていった。


2週間くらい前やったと思う。名字さんが、テニス部の練習を見に来た。めちゃめちゃびっくりした。だって彼女は、いわゆるミーハーみたいな女子たちとは全然違って、きゃあきゃあ騒ぐような雰囲気でもないし。それに何よりいままで、一度だって見に来たことはなかった。俺がいくら望んでも。やっぱりテニスやっとるとこ、見てほしいって俺はずっと思っていた。それで、ちょっとだけでもかっこいいなとか、そんなん思ってくれへんかなって。都合いいけど、もしかしてそれでうっかり惚れたりしてくれへんかなってそういう邪な期待をほんの少しだけしていたというのも今となってはもう決して否定できない。


だからたくさんの女の子たちの中に名字さんの姿を見つけた時には本当に驚いた。気のせいかもしれないが目も合った気がする。誰を見に来たんやろ。いや、名字さんのことだから、友達の付き添いやろな、きっと。…でも、俺のことだってちょっとは視界に入っとるはずや。やばい、普通に嬉しい。自然と口元が緩んだ。


謙也ににやにやと意味ありげな視線を送られたので、目で牽制してラリーに戻った。その後俺のコンディションは快調で上機嫌で、財前に部長今日なんやいつにも増して変態っぽいすわといつもの100倍くらい冷たい目であしらわれたけれど。それも笑って流せる程度には俺は有頂天だった。再び名字さんを探した時には、彼女はもうそこにいなかったけれど、でも少しでも俺の存在が、願わくばいい方向に彼女のなかで変化してくれたらええなあと思ったのだった。




そんでこれは先週の話やけど、朝ばったり名字さんと会った。玄関で会うのは初めてだった。俺は自然と笑顔になって、「おはよう」と言えば、彼女も笑って「おはよう」と言ってくれる。うん、やっぱかわええ。そして同時に頭に過ったのは、先週の出来事やった。もしかして、もしかしたら、俺がせっかくやからまた見に来おへん?と言えば、見に来てくれるんではないだろうか?そう言ってもいい程度には、俺は彼女と話すようになったし、ちょっと狡い俺の下心もきっとばれてへんと思う、たぶん。柄にもなく心臓がどきどき騒いでる。名字さんは、気づいてない。


「名字さん、先週テニス部見に来とったやろ?」


名字さんの肩がぴくりと反応して、驚いたように俺を見た。知ってたの?とでもいう表情だ。当たり前やろ、俺ずっと、声援の中に名字さんおったらええなって探しとったんやから。…なんて言えるはずもなくて、どうやってまた見に来ないかと誘おうか、どう会話を持っていこうかとぐるぐる考えていた。本当は心臓が口から飛び出そうになってるというのに、クールなふりして笑った。


「誰か、気になるやつでもおるん?」
「...えっ?」
「名字さん、テニス部に誰か目当てのヤツがおったんちゃうかなーって。誰なん?俺、よかったら協力しよか」




...いや、ちゃう。いや、八割方は合ってるけど。肝心なとこが全然ちゃう。協力すんで、って何やねん。できもしないくせに余計なことを言った。あかん、ちゃうやろ俺。もしこれで、そうなの財前くんなのとか実は謙也くんなのとか頬染めて言われたらどうすんねん。ブロークンハートどころの話やないで。そんな自虐心にかられていると、ふいに名字さんはうつむいて、何も言わなくなった。「名字さん?」そっと顔を覗き込もうとすると、その気配に気づいたのか名字さんはぱっと顔を上げて、それからまるで今にも泣き出しそうな顔で笑った。


「...ううん、大丈夫。そんなんじゃないから」


俺はその場に立ち尽くしたまま、動けなくなった。あんな名字さんの表情を見たのは初めてで、まるで泣くのを我慢してるみたいだった。息がひゅっと止まって、頭が真っ白になる。俺、なんであんな顔させとんねん。何無理して笑わせとんねん。胸の奥がじくじく痛む。俺の言葉の何がいったい彼女を傷つけてしまったのだろう。自分で余計なことを言ってしまったと後悔はしていたけれど、彼女を傷つけただなんて思わなかった。それから名字さんは、俺を見るたびにいつもぎこちなく笑うようになった。





「まーだ傷心なんか、天下の白石様は」
「なんやねん天下って」
「それにしても名字も罪作りやなぁ」
「名字さんは関係ないわ」
「いや、ありありやろ」


バレバレやで。部活が終わって部室に戻って、着替え終わったら謙也に茶々を入れられた。どうやら俺が人知れず落ち込んでいるのを誰よりも早く見抜いていたらしい。


「あの白石がなぁ」
「あのって何や、あのって」
「引く手あまたなんにずいぶんご執心やなぁ」
「からかうんやめや」


そういうんなあ、苦手やねん。とごちれば謙也はあーあとでもいいた気にわざとらしく呆れたポーズをとってみせた。別に引く手あまただからってわけじゃないが、昔から恋愛ごとはめっぽう苦手だった。それに、どんな女の子に言い寄られようが好きな子じゃなきゃ全くもって意味がないんだと、もう痛い程よくわかっている。


「もたもたしてるととられんで」
「とられるって、誰に」
「名字の隣の席のアイツ。告白秒読みやって」
「...なんやそれ、聞いてへん」
「言うてへんもん」
「はよ言えやそういうことは!」
「誰かさんが何言うても生返事やったからやろ」
「...」
「まああいつ同じ委員会やし、白石より喋る機会も多いしなぁ」
「お前は俺の味方なんかあいつの味方なんかどっちなんや」
「いやいやー白石に決まっとるやろ!」
「ほんまかいな...」
「ほんまやって!はよくっつかんかなて毎日思てるわ」


ほんまじれったいったらないわ!何しでかしてしもたんか知らんけど、悪いと思っとるなら謝ったらええやん。しれっと言う謙也はほんままっすぐな男やと思う。謙也みたいにまっすぐだったら、こんなにっちもさっちもいかないような思いをもて余すこともきっとなかっただろうに。


...まあ、確かにそうやんなぁ、と俺は誰もいなくなった部室でひとりごちる。何で傷つけてしもたんかは、ほんまのところはようわからん。わからんけど、でもこのままでいいはずもない。折角やっとほんの少し近づけたと思ったんや。なのにこのまま離れてしまったらもう一生繋がれることもない気がする。二度と笑ってくれへんかったらどうしよう。二度と俺の名前を呼んでくれなかったら?それはぞっとするほど最悪の想像で、俺はほんまに名字さんが大事で、すきで、友達のまんまでもいいから、もしかして名字さんが財前や謙也や...めちゃくちゃ嫌やけど、隣の席のアイツとか。が好きだとしても、このまま何にもせずに諦めるなんてできるわけがない。
 

ガタンと大きく椅子を鳴らして立ち上がった。下校のチャイムはもうとっくに鳴った。残っている生徒はまばらだ。ましてや名字さんは帰宅部やし、まだ残っているなんて思えない。思えないけど、もしかしたら。ほんのわずかな望みを持って、俺は部室を飛び出した。




名字さん、君が俺んこと好きやなくても今はええねん。いまはただ、白石くんってもっかい名前呼んで。俺が好きになったあの笑顔で、もっかい笑ってほしいって、ただそれだけなんや。






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