小説 | ナノ




シンデレラ・ララバイ


※「キスミーベイビー」続き




金曜日の夜。いつもの仲間で集まって飲み会をしていたら終電を逃した。しかも運悪く私は終電が一番早かったことを、お酒の力のせいでうっかり忘れていた。


「しょうがないからカラオケでも行こっか」
「いいねー!私も、」
「何言ってんの、なまえは彼氏様に迎えに来てもらえばいいじゃん」
「え、なまえちゃん彼氏いたの?」
「そうそう!彼ん家だったらまだ終電間に合うでしょ」


そう口々に言う友人たちに反論しようと口を開きかけたけれど、同時に震えた携帯電話によってそれは遮られた。もう連絡しといたからね、と言うおせっかいな友人が心底憎たらしく思える。ディスプレイに表示された名前は予想通りで、図らずも口元が少しだけひきつる。にやにや笑う友人たちを尻目に、このまま無視するわけにもいかず、仕方なく通話ボタンを押すと、久しぶりに聞いた少し低い声がお酒で緩んだ脳を揺さぶった。


「...もしも、」
『どこおるんすか』
「いつもの飲み屋だよー!ちゃんと迎えにきてやってよ彼氏くん!」
「ちょっと!」
『そのままそこに居ってください』


一方的に通話は終わらせられてしまって、友人たちはじゃあお幸せにー!とか何とか言いながら手を振ってカラオケに消えてしまった。これだから酔っ払いはと悪態をつきたくなる。さっきまでふわふわしていた頭が、今はこれでもかというくらいに痛い。肝心なことを何一つ言わせてもらえなかった。私にとって彼、財前光は彼氏でもなんでもない。









「なんでそんな隅っこにおるんすか」




あれから15分ほどして私の前に現れた財前は、タクシーで帰るから大丈夫だと言い張る私に、相変わらずその仏頂面を崩さないまま「あんたん家までいくらかかると思ってんすか。金の無駄や」と言い放ち、有無を言わさず私の腕をひっぱって引きずりこむように終電間際の電車に乗り込んだ。財前の部屋に上がるのはあの時以来で、それどころかまともに会話をするのもだいぶ久しぶりな気がする。


あの日以来私は徹底的に財前を避けていた。最低限の挨拶しかしなかった。それはあまりにも大人げない態度だったとは思うけど、記憶がないままに一夜を共にしてしまったという猛烈な後悔と罪悪感と、ただ単純にどんな顔をすればいいかわからなかったというのが本音だ。当然そんな状態のままで財前の部屋に上がり込んでも、あの時のことを思い出しては普段通りの態度でいようなんてとても無理な話だ。そんな私の様子とは打って変わって、財前はあまりにもしれっといつも通りの態度なので、やはりなんだかとても不公平に思えた。


「とりあえず、風呂入ります?」
「いや!おかまいなく。大丈夫だから」
「めっちゃ酒臭いんやけど」
「えっ、ほんとに?」
「やっとこっち見ましたね」


財前の鋭い瞳が私を射抜く。そのままずかずかと私の前までやってきた財前は、反射的に思わず後ずさろうとした私の手首をがしりと掴んで、相変わらず不機嫌そうに言う。


「ずっと避けてましたよね、俺のこと」
「いや...」
「どう考えても避けてたやろ」


手首を握る財前の手の強さが増して、ぎりっとわずかに皮膚がきしんだような気がした。いくら後輩だからって、やっぱり財前も立派な男の人だ。そんなこととっくに分かっていたはずだったのに、改めて実感してしまってどきりと心臓が鳴る。誤魔化したところでもうどうにもならないことは分かっていたし、こうして財前の部屋まで来てしまった以上私に逃げ場はない。そして目の前の彼が、私を逃がしてくれるはずもないこともよくわかっていた。


「...ごめん。なんか気まずくて」
「何が?」
「いやだからこないだ、その...」
「俺とうっかりセックスしたこと?」


人が精いっぱいオブラートに包もうとしているのにその努力を一ミリも汲み取ろうとしない財前に、思わず顔面蒼白になりかけたけれど、それが真実な以上、肯定するよりほかにどうしようもできなくて、力なくうなずいた私を見て財前がため息をついた。


「別にええやないすか。せやから責任とってこれからよろしゅうて言うたでしょ」
「よくない!身体から始まる関係ってなんか、色々あれじゃん」
「ええやろ別に。浮気してるわけでもないんやし」
「いや、そういう問題じゃないから!」
「はあ。なまえさんて意外と真面目なんすね」


お前があまりにも不真面目なんだ、これだから最近の若者は、と一向にかみ合わない会話に文句の一つでも言いたくなったけれど、それよりも財前があの時ぶりに私の名前を呼んだことに対して思わずどきりとしてしまった。それに気づいたのか気づかないのか、財前は私の手首を握る力を緩めない。


「財前はそういうの平気かもしれないけど、私は嫌なの」
「そういうのって?」
「好きでもないのにセフレとか、私には無理」


それまで淡々として冷たかった財前の瞳が一瞬だけ揺らいで、私の手首を掴む力がほんの少しだけ弱まった。でもそれもほんの僅かな瞬間だけで、伏せた瞳をもう一度上げた財前はいつもみたいに、いやいつも以上に鋭く私の瞳をまるで睨みつけるみたいに再び射抜く。それはあまりにも攻撃的な態度だったのに、私はなぜかあの日の、私の手をとってキスをした時の彼の瞳を思い出していた。




「...なら、さっさと俺のこと好きになればええやろ」


そのまま財前が思いきり私の手首を引っ張ったので、私は重力に従って柔らかなベットに放り投げられる。財前は身動きのとれないままでいる私に跨がると、首元に顔をうずめてそのまま思いっきり噛みついた。ちり、と走った小さな痛みに思わず顔を歪めたけれど、抗議の声など許さないしまるで聞こえもしないというかのように、そのままシャツの裾を捲し上げたかと思えば、体温を感じないつめたい指先があまりに性急にお腹を這い回るので、ぞくりと一気に皮膚が粟立った。


「ちょっと、財前!」
「なんか勘違いしてるみたいやけど、なまえさん」
「え?」
「俺、ちゃんと言うたで。あんたが好きやって」


私の上に跨がったまま身体を起こした財前が、逆光のなかで見下ろしながら言った。なにそれ、そんなの。覚えてない。呆気にとられたままの私の手をあの時みたいに引いて、ゆっくり手の甲にキスを落とす。あの時と同じ、大人びた表情に心臓がまた騒ぎ出す。


「酒でぐだぐだになっとるあんたにつけ込んだ俺も悪かったけど。覚えてへんならなんぼでも思い出させたるし、どっちにしろ絶対俺のこと好きにさせるんで」


せやから避けるんだけはもうせんといて下さい。ほんの少し掠れているその声が、いつもの生意気で冷たいその態度とは程遠いから、もしかしたら長いこと財前を傷つけてしまっていたのかもしれないということにようやく気が付いた。もし本当に財前が私のことを好きでいてくれたなら、あの時財前がどんな思いで私を抱いたのか、目覚めた時に全く記憶のない私を見てどんな気持ちになったのか、そしてそんな相手から避けられたことにどれだけ傷ついただろう。相変わらずの財前の瞳の鋭さが、私の心臓をちくりと突き刺す。


「財前、」
「なんすか」
「ごめん」
「何に対して謝ってんすか、それ」


財前の瞳が今度は分かりやすく泣きそうに歪む。その表情がまるで見捨てられた子どもみたいで、心臓がぎゅうと締め付けられる。愛しい、と思ってしまった。こうやって何度私は財前を傷つけてきたんだろう。思わず手を伸ばして財前の首にしがみつきそのまま体重をかけると、バランスを崩した財前が私の上に覆い被さってきたので、そのまま頭を抱き込むように腕に力を込める。


「ごめん」
「...せやから、」
「避けててごめん。傷つけてごめんね」
「......」
「思い出させてよ」


あの日のこと、思い出させて。今度はちゃんと目を見つめてから、そっとその唇にキスを落とした。指先はあんなに冷たいのに唇には熱が籠っていて、その熱さにうっかり眩暈がしそうになる。あの時の私もこんな気持ちだったんだろうかと思ったけれど、私の頭を強く抱え込んだ腕と、性急に捩じ込まれた、唇よりもずっと熱い舌によって思考はそこで途切れてしまった。一度唇を離した財前の、相変わらずどこか泣きだしそうな、それでいて獰猛さと欲望を兼ね備えている凶暴的な瞳に至近距離で見つめられて、あ、私この目を知っていると思ったけれど、そんなことを告げる余裕も与えられないまま、ただ身を委ねることしかできなかった。でもそれがあまりにも心地よくて、何度も何度もふたりで夢中になって身体を重ね、もう抜け出せそうにない未来を予感していた。幸福感に揺蕩うようにまどろみながら、財前がまるでやっと手に入った宝物を抱きしめるかのように私の頭を優しく撫でるから、やっぱり私はこの感覚を知っているとぼんやり頭の片隅で思った。


そして空が明るみはじめたころ、そのままふたりで転がり落ちるように眠りについたらしい。あどけない子どもみたいな顔をしたまま寝息をたてる彼の腕のなかで目が覚めた朝は、いままでにないくらい幸せだった。







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