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かわいそうなあたしたち




キーンコーンカーンコーン。下校のチャイムはざわつく教室にひどく大きく響き渡り、今日という日の終わりを思い知らせた。今日も終わってしまった。からころからん、口のなかで響いたちいさな音は意外にも外に漏れてしまっていたようで、隣でひまそうに携帯電話をぱちぱちといじっていた忍足謙也はついとこちらに目をむけ、おっきなてのひらを差し出した。


「なに」
「俺にもよこせ」
「なにを」
「飴や飴」
「500円」
「ぼったくりやないか!」
「はいはい、しょうがないからタダでいいよタダで」
「初めからそう言うとけや可愛くないやっちゃな」
「ぶつぶつ文句が多いようるさい男はモテないよ?いやならあげないから」
「余計なお世話や!もらったるわしゃあないから」


サクマドロップスの缶からはレトロなので大好きだ。仕方がないのでひとつぶ取り出し暴君オシタリのてのひらにのっけてやると、んー?目を細めてからあからさまにいやそうな顔をしてそのまま私に押しつけ返してきた。なんだなんだ。人が貴重な食料を分けてやったというのに。ていうかそっちがよこせって言ったくせに。


「やっぱいらへん」
「は?なんで」
「ミントやろ、それ」
「ミントじゃない、薄荷だよ」
「めっちゃスースーするやつやろ。一緒や」
「一緒じゃない」


忍足はめんどくさいものを見るような顔をした。いや、実際めんどくさいやつだと思ったに違いない。失礼なやつだなあんたほんとに。わがままで暴君で、いつだってこうやっていちいち突っかかってくる。むかついたので足をドカリと蹴ってやったら大げさに痛がった。「な、何すんねん!この俺の黄金の右足を!」そうだよ、いつだっていちいち大げさなんだ。


「ハッカなんてようまずいもん食えるな」
「あんたの味覚がおこちゃまなんだよ」
「おこちゃまとは何や!」


忍足がけんか腰なのはいつものことだが、私は到底それに付き合う気力もなかった。言い返さない私を横目で見て訝し気な顔をして「なんやねん、ほんま」つまらないと感じたのかまた携帯の画面を相手にしだす。ていうかこいつは一体いつまで居座るつもりなんだ。


「忍足」
「なんや」
「帰らないの」
「人を待ってんねん」
「ふーん」


携帯相手に忙しそうにして、私に目もくれない。確かに聞こえたのはただ、からん、と口のなかで音を立てる飴玉で、次第に遠のくざわめきや足音はずっとずっと遠くのほうにある。ここのところいつだって、私の頭はからっぽだ。ついでに心もからっぽだ。頭に響いているのはつんと冷たい飴玉の音くらいだった。たまにうるさい忍足の声が邪魔をするけれど。


「ん」
「なに、この手は」
「飴よこせ」
「あんた薄荷嫌いなんでしょ」
「他の味ないんか、他の」
「ないよ。薄荷だけ」
「使えんやっちゃなー...しゃーない、百歩譲って薄荷でええわ」
「百歩も譲るくらいなら食べなきゃいいのに」
「うっさいわ!はよよこせ」


半ば奪い取るように私の手からスースーするそれを取り上げると勢いよく口に放り込んだ。「... う、かっら!」だから言ったのに、そんなに甘い飴がほしいなら購買にでも行ってくればいいのに、とは言わなかった。鼻をぬけるつんとした辛さを、今頃きっと忍足も思い知ってることだろう。からん、再び落ちた沈黙の中で乾いた音だけが転がる。


「名字なあ、最近こんなもんばっか食べよって舌おかしなるで!」
「もーじゃあ食べなきゃいいじゃん」
「や、しゃーないから食ったる」
「...なにそれさっきから」
「あー、からー。ほんま涙でそうや」


忍足の視線は相変わらず携帯だった。画面が変わらないままの携帯電話。ぱちぱちとひっきりなしに指は忙しく動くけど、...忍足。さっきからずっとただホーム画面を行ったり来たりしてるだけだって、ねえ、もうとっくに気づいてるよ。


「...忍足、」
「なんやねん」
「帰らないの」
「何べん言わせたら気が済むんや、人を待っとるゆうてるやろ」


忍足は面倒くさそうに言ってさっと私から視線を外してしまった。でも、さっきから一向に誰かの足音なんかしないし近寄る気配も全くない。大げさなのよ、ほんとうに。ばかじゃないの。私もう、あんな男のために落ち込んだりしないし未練なんかこれっぽっちもない、と言いかけてやめてしまった。きっと、そんなんじゃないって忍足はまた怒ったように言ってそっぽを向いてしまうから。そして、どうしてかそれでも黙って私の隣にいてくれるから。うつむいたら途端に、飴玉の辛さが身に染みて視界がぼんやりと滲んだ。困ってしまって慌てて上を向いたけど、じんわり滲んだ景色はこれっぽっちも変わってやくれなかった。夕日が差し込んできて、天井をオレンジに染めていくから余計に目が痛かった。ああ、もう。何からなにまで大げさすぎるんだ。本当に、情けないくらい。


相変わらず、大した用事もなさそうな携帯から一向に目を逸らす気配をみせない茶色の髪の毛が視界の端で揺れている。それすらもぼやけてしまって大変だ。こんなのが忍足にばれてしまったら、きっとまたいつもみたいに散々に揶揄されるんだろうか、それとも。普段はアホみたいにぎゃーぎゃー騒いで言いたい放題のくせに、こういうときに限ってどうしてそんなに優しいふりするのよ。どうして何も聞かないでただ黙って、何にも言わずそばにいてくれようとするの。


「...忍足」
「なんや」
「明日放課後ヒマ?」
「ヒマやけど」
「たこ焼き食べて帰らない?」


ようやく忍足が、何も言わない携帯から目を離してちょっとだけ驚いたように私を見た。昔はよく二人で買い食いしながら帰ったりしていたけど、最近はめっきりそんなこともしなくなってしまってたから。びっくりしたままだった忍足の表情がだんだんいつもみたいに明るくなっていって「そんなに言うならしゃあないな!なんなら今からでもええで」言ったその笑顔が、まるで少しだけほっとしたかのように見えた。人を待ってるんじゃなかったの、なんて野暮な言葉は飲み込んで、そのまま立ち上がった忍足につられるように私も立ち上がる。バイバイ失恋。心の中で呟いてみたら思いの外すっきりして、何日かぶりに私もいつもの笑顔で笑うことができた。






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