小説 | ナノ
元素の恋人
「そろそろいいと思うんだけど、どう?」
「なにが?」
「エッチ」
「却下」
0コンマ1秒の勢いでばっさり切り落とされて、ああまたか、なんて思いながらも、今回は絶対譲らないって決めてる。
「ていうかそれ、先週も言ってたよね」
「なまえちゃんが断り続けるからでしょ?」
「…だって、やだもん」
ふい、と顔をそらしてしまうなまえちゃん。過去にトラウマがあるのか、いざこういう雰囲気になってもなまえちゃんはすいっと顔を背けてどこかに行ってしまう。だから俺は、キス以上はいつまで経ってもお預け状態。でもいい加減、我慢も限界なんだよね。気づいてよ。
「そんなにバッサリ言われると傷つくなぁ」
「全然傷ついたような顔してないくせに」
「そりゃ傷つくでしょ。恋人にセックス断られて傷つかない彼氏がいたら見てみたいよ」
はあ、と大げさにため息をついて見せたらなまえちゃんはうつむいて黙ってしまった。そりゃやろうと思えば無理やり押し倒して、っていうのもできないわけじゃないけど。ここまでハッキリNOのサインを出されちゃあ、その後が怖い。嫌われるどころか一生口を聞いてくれない、なんてことも容易に想像できてしまう。だからなまえちゃんをなんとかして説得するのが無難だと思う。
「このままじゃ俺、浮気しちゃうかもよ?」
「…したいならご自由にどうぞ」
「ちょっと。そこは止めるでしょ普通」
「だって、」
「なまえちゃんはさぁ、何をそんなに怖がってるの?」
なまえちゃんが初めてってわけじゃないのは知ってる。だから何をそんなにためらってるのか正直言って分からない。
「前の男にそんなにヒドいことされたの?殺そうか、そいつ」
「物騒すぎる!そんなんじゃないから!」
「じゃあ、俺が怖いの?」
「……ちがう、と、思う」
「思う、ってどういうこと」
「ううん、やっぱ違わない。臨也が怖い」
ちょっとずきっとした。こうも面と向かって言われると、さすがの俺だってそりゃあ少しは傷つく。…嘘。少しじゃない。結構ぐっさり来た。普段他人の言葉になんかこれっぽっちも傷ついたりしないのに、なまえちゃんに拒絶されるってだけでいちいち傷ついてる俺は、多分本気でなまえちゃんに惚れてる、んだと思う。
「…一応聞くけど、俺なまえちゃんの彼氏だよね」
「うん」
「なまえちゃんは、怖い俺とわざわざ付き合ってる訳?」
「…、」
「こうなるって、少しも考えてなかったの?」
す、と指を白い首に沿ってやれば、びくりと肩が揺れたから、なまえちゃんが本当に俺のこと怖いと思ってるんだって証明されたみたいでちょっと絶望した。
「…て、いうか、」
うつむいてたなまえちゃんがぽつりと言葉をこぼす。
「…全部を臨也に見せて、もう飽きたって言われるのが怖い」
「は?」
「エッチ、したら、臨也が私に興味なくなるんじゃないかと思って、」
「だって臨也は私じゃなくて、私っていう人間に興味があるだけなんでしょ?」
そういえば俺は出会ったとき、俺は名字なまえっていう人間に興味があるんだよ、とか何とか言ったような気はする。実際初めはその程度だったけど、気づけばそれは口実に変わっていった。だってこうでも言わなきゃ、当時彼氏のいたなまえちゃんの傍には居れなかった。(まあ別れさせるために色々根回しはしたけどそれはこの際置いといて)
それをなまえちゃんが、付き合ってもなおそのまま鵜呑みにしていたなんて思わなかった。警戒心が強くて、普段俺の言葉にだっていちいち突っ込みを入れるくせに、こういうところだけ律儀なんだから。
「…なまえちゃん、ばかなの?」
「ば、ばかって!」
「俺がなまえちゃんに飽きるわけないのに。むしろ参っちゃう位」
ああでも、馬鹿な子ほどかわいいっていうよね。こういうことか。だけど、ねえ、なまえちゃん。気づいてる?それって究極の愛の告白だよね。俺に嫌われたら嫌だってそう思ってくれてるってことはさ。
「…なににやにやしてんの」
「分かった分かった。つまりなまえちゃんは俺にぞっこんってわけ」
「…!誰もそんなこと言ってない!ってどこ触ってんの!」
「こんなことなら初めからこうすればよかったよ」
「ちょ、待って臨也、ん、」
「ね、なまえちゃん。怖がんないでいいから、全部見せてよ」
きっと全部見てしまったら、もっとなまえちゃんが欲しくなる。欲しくて欲しくて、どうしようもなくなるだろうな。でも俺はなまえちゃんを本当に手に入れることはできない。一生かけても、できない。いくらなまえちゃんが俺を好きになってくれても、いくら俺がなまえちゃんを愛しても、人は決してひとつになんかなれないって、わかってるから。
だから心配しないでいいよ。
この先も俺はどうせ、どうしたって、ずっとなまえちゃんを求め続けるしかないんだから。
「俺はなまえちゃんのこともっと知りたいんだよ」
「っ、んう、」
「だから、一生かけて教えてよ」
一生なんかじゃ足りないって、わかってはいるけどね。何度も啄ばむようにキスを繰り返したら、なまえちゃんが観念したみたいにため息をついたのを合図に、その艶っぽい瞳のふちにキスをして、ゆっくり愛撫する手を下に動かしていく。ああ、やっとだ。なまえちゃんはこれを終わりだと思ってたけど、俺にとってはここがようやく始まりなんだ。名字なまえっていう迷路みたいな存在に迷い込んでくスタートみたいなもの。そしてそれは一生終わらない。
「無いものねだり、ってさ。こういうことだよねぇ」
「…なにそれ」
だけど、気づいた?なまえちゃん。
これも俺なりの、究極の愛の告白なんだけど。