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てのひらに星




目を開けたら世界はまだ真っ暗だった。寝ぼけ頭の私が考えた原因は3つ。ひとつめ、スマホをこっそり開いてみたらまだ5時にも回っていなかった。なんだ、道理で眠いと思った。ふたつめ、布団を頭の半分あたりまでかぶっていた。息苦しいと思った。だけど寒いからしかたない。みっつめ、謙也にぎゅっと抱きしめられていた。


私の頭を抱え込むようなかたちで、謙也はぬいぐるみでも抱くかのような体勢で眠っていた。しあわせそうな寝顔を見上げて、私抱き枕じゃないんだけど、なんてまったく可愛くないことを考えてしまうのは照れてるからだと謙也は言う。もうすっかり見抜かれている。謙也に出会って付き合うことになってからというもの、わたしはいかに自分が素直じゃなくて、かわいくなくて、そのくせ無駄に照れ屋で、経験値も恐ろしくゼロに等しい所謂残念な女なのか嫌というほど思い知ったのだった。謙也はどうして私と付き合っているのだろうか。実に不思議だ。謎すぎる。


謙也は決して私に無理強いすることはなくて、私が躊躇したり困ったそぶりを少しでも見せようものならそのままにっこり笑って頭を撫でて、だいじょうぶやで、無理せんでええからな、ってまるでガラスでも扱うかのように言って、こうして私の頭を大事そうにぎゅっと抱えて眠るのだった。その度に押さえつけられてきたであろう彼の欲望、本能、理性、もろもろは一体どこへ消えてしまうのか。それとも現在進行形で彼を苦しめているのだろうか?だけどそれを確認するほどの勇気を持ち合わせていない私は、そんな彼の甘やかすぎる優しさに溺れる。


謙也がこうやって私を腕の中に収めるとき、苦しいからと言い訳してはいつもできるだけ身体を離してみようとするけれど、何度試みてみても気がついたらぴったりくっついている。謙也は私の髪の毛を梳いたりちゅうとおでこにキスしてみたり、本当に幸せそうに笑うものだから私はますます照れて困って、せめて顔を見られないようにと開き直ってぎゅうぎゅう厚い胸板に顔を押し付けてみると、なんや、そんなんされたって嬉しいだけやでーとまた本当に嬉しそうに言うから性質が悪いと思う。ひとつひとつがものすごく心臓に悪すぎて、そんな謙也がいとおしくて、私はいつかパンクしてしまうんじゃないかと本気で心配になる。



「...けんや、」


そっと声を出してみたけど気付かないのか、規則正しい寝息を立てているままの彼を見上げて、そっと背中に手を回してみた。いつもは一方的にぎゅうぎゅう抱きしめられているものだから、私は彼に手を回す隙もない。広い背中に手を回してスウェットを握って、「謙也、」もう一度呼ぶけど起きる気配を見せない彼の、あどけない頬を見つめているうちに、私のなかでじわりとした温かな衝動が生まれて、導かれるようにそこにキスを落とした。んん、と声をあげた彼にびくりとしたけれど、起きない。ほっとしてもう二度、三度、静かに頬に口付ける。もう、こんなの全くいつもの私じゃないけど、きっとそれは、まだ夜と朝のはざまにいるからであって謙也だって眠ってるからで、だから。すっかり油断しきっていた。




「...なまえ?」
「...!?起きてたの?」
「そりゃあ、」


起きるやろ、うん、起きるわ。と若干照れくさそうに言うので私はようやく自分のしでかした事を自覚すると同時に赤面してぐるんと謙也に背を向けた。いかんせん私は圧倒的に経験値が少ないのである。これだけで真っ赤にはなれる。とんだ羞恥プレイだ。は、恥ずかしすぎる...!できることならなかったことにして逃げたい今すぐに!


「ええー!なんでそっち向いてまうん」
「だ、だって恥ずかしいありえない!なんで寝たふりなんてしてるの謙也のばか...!」
「何で今更照れてんねん。さっきまで仰山ちゅーしてくれてたやんか」
「だって!それは!ね、寝てたと思ったから!意地悪!」
「せやかて嬉しかってん、しゃあないやろ!」
「え!?」
「やってなまえからこういうん、したことないやんか」


せやから、こっち向いてや、と半ば強引に向き合わされて上機嫌な謙也の笑顔がいやというほどよく分かった。冷や汗がつたるのは多分私の気のせい、ではない。絶対ない。だって謙也の手はいつのまにやら私の腰をがっちり掴んではなさない。「な、もっかい」きらりと熱の篭った男のひとの目が私を捕まえたのが暗がりなのによく分かってしまってどうしようもなくなった。どきんと大きく波打った私の小さな心臓は、そろそろ機能停止してしまうにちがいない。



「なまえからちゅうして」



...これは。しなければ放してくれないのか。そうなのか。いや、したところで放してくれないだろうけど!私は絶望に似た感情を抱いて、ぎゅうと唇をかみ締めた。ちゃんと口にやで!と人の気も知らないで謙也は言う。はずかしい。死ぬほど恥ずかしい。恥ずかしくて本当に死んでしまう。だけど私はぐっと謙也の目を見つめて、少しだけ身体を伸ばした。


ちゅっ、と唇と唇が触れて可愛らしい音が響いたのに今度こそ耳まで熱を帯びたような気がして、触れるだけで離れようとした私の頭はがっちり謙也に捉えられていて、角度を変えながら何度も何度も重なって次第に深くなる。頭がふわふわしてどこかに飛んでいきそうだ。ほんとうに、パンクしそう。脳髄が溶けてしまいそう。ねえ本当にどうしたらいいの、謙也。私こうやっていつだって、あなたのことしか考えられなくなってしまうよ。



そんな私の心情など知りもしないで謙也は、ほんま可愛え、なまえ。と耳元で少し笑いながら囁くもんだから、私はたまらず謙也の胸の中に潜り込んだ。これからもこうやってあなたの手で。このままずっとダメになるまでどろどろに甘やかして。






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