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夢をみる鯨





「財前くん、今日誕生日って言ってたよね?おめでとう」
「はあ、ありがとうございます」
「相変わらず淡白だなあ」
「んなことないっすわ。あー先輩に祝ってもらえてめっちゃ嬉しいわあー」
「めちゃめちゃ棒読みなんだけど」
「先輩が誕生日プレゼントくれたらもっとはしゃいだりますわ」
「え、はしゃいでる財前くんものすごく見たい気持ちはあるけどごめん、何にも用意してない...飴とかあったかな」
「飴なんかいらんし。もっとええもんいまから貰うんで」
「えっ」


近づいたらええ匂いがしたからめまいがしてしまって、そのまま唇をやわく重ねた。あ、突き飛ばされるかも。嫌われたかなと思ったけど先輩のてのひらは宙に浮いたまんまだった。俺はまた調子に乗ってしまって、行き場をなくしたそのてのひらをぎゅうと握ったら、ほんのわずかに名字先輩の肩が強張る。先輩には彼氏が居る。だけどそれは、俺じゃない。


ああもう、抱きしめたい。かき乱したい。そんでめっちゃめちゃに優しくしたい。先輩のこといつから好きやったとか、そんなもんはもう遠い昔の記憶すぎてよう覚えてへんけど。最近じゃ、溢れてくるのはとにかくそんな本能的すぎる浅ましさにも似た思いばかりだった。なんで先輩、俺のもんやないんや。なんで他の男と笑いあってる姿見なあかんねん。好きな人とやっとキスしとるのに、どうしてこんなにも悲しくならなあかんねん。ほんまは誕生日にかこつけて、ほっぺにキスだけもらいますわで済ますつもりやった。だって来年の誕生日、この人はもうここにいないから。これが最後のチャンスとも言える。ずっと焦がれたその唇に口づけてしまったら、もう止まらない。先輩のすべてを支配したくなる。先輩のぜんぶが欲しかった。欲しくて欲しくて欲しくてたまらない。俺のもんにしてしまいたい。このまま俺のもんにならへんかな。どうしたら俺のもんになってくれる?好きや好きや好きなんや。どうしようもない位。どうすれば伝わんの。どうすれば俺のこと、好きになってくれるんやろってずっと考えて。めっちゃ、何よりも、誰よりも、俺が。世界中でいちばんなまえさんのこと愛してんのに。



「ざ、財前くん!?」
「あー...ちょっと予定とちゃいましたわ、すんません」
「すんませんって...!」
「これを機に先輩、あいつと別れたりしません?」
「えっ、ええ!?」
「やってこれって浮気やないすか。ないわー浮気とか。別れるしかないっすね」
「いやいやいや、財前くんからしてきたんでしょ!」
「ほんまに嫌なら突き飛ばすでもはっ倒すでもしたらよかったやん」
「...!」


先輩の顔が分かりやすく青ざめた。それは彼氏への罪悪感か、俺への嫌悪なのか。後者はないと信じたい。いや、言い切れる。自惚れでもなんでもなく。伊達にこの人に長いこと片思いしてへんから、ちょっとした変化でもすぐ分かってしまう。だんだん先輩の思いの向いてる方向が、ゆっくり俺の方に傾いてきてるってことも。


「ちょっと都合ええように考えると」
「な、」
「先輩が、自分の気持ちとかそういうにもめっちゃ鈍感な人やったらええなと思うんですけど」
「え?」
「どうなんすかね」
「......」
「先輩、実はもうとっくに俺のことすきなんちゃうん?」


俺の言葉を合図にしたみたいに、先輩の顔が真っ赤になって視線が泳いだ。真っ青になったり真っ赤になったり忙しい人や。真面目な先輩のことだから、たぶん彼氏への申し訳なさとかそんなんも色々ぐるぐる考えてるんやろと思う。浮気?略奪?上等や。この人が手に入るんやったら、そんな汚名もどうだってええわ。この願いが叶うんやったら、もうこの先一生の誕生日プレゼントも、運さえももうなんもいらんから。



「なあ、なまえさん。俺のこと好きっすよね」



誕生日、祝ってくれるんやろ?俺は確信犯だから、ずるいほど確実に先輩の逃げ道を少しずつ断っていく。ほら、だんだん俺のことしか見えなくなってきてるやろ。何かを言いかけたなまえさんの唇をまた柔らかくそっと塞いで、今度こそ確実にとどめを刺すために優しく頭を捕まえる。指に触れる柔らかな髪の毛の一本まで、隅から隅まで全部一生、死ぬまで大切に大切に愛したるから。だからいい加減覚悟を決めて、早く俺のところまで落ちてきて。







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