小説 | ナノ



エンドロールを終わらせないで


※「あっという間に世界は薔薇色」続き




気付いてしまった。から、大変なことになった。ここは密室。暗い部屋。俺の部屋。ふたりきりなのだ。汗ばむてのひらをぎゅっと握りこんでさっきからずっとつかず離れずな距離にある名字の体温を誤魔化そうとする。こっそり盗み見る彼女の横顔が、ぱっと明るく映し出されるたびに跳ねるのは心臓。...俺は一体どないしたんや。わからん。さっきからそわそわと一体何しとんねん。考えても考えても一向にわからん。


「...ちょっと謙也、聞いてる?」
「え!?」
「何ぼーっとしてんの、ほら!ほら、すっごい!めっちゃかっこいー!」
「あ、せ、せやなーしびれるわ!めっちゃしびれるわ!」


いやいや画面に集中しろ、と、大好きなはずの近代未来SFカーアクションを映し出す画面を食い入るように見つめる。俺のすすめで見たカーアクション映画に最近はまったんだという名字が隣で、ああだこうだと騒いでは時折俺の肩をぐっと揺らすのに動揺している。なんやねんこれ。おかしい。絶対おかしい、俺。昨日まではなんでもない、普通よりも仲がいいだけの友達やったやんか。昨日まではこんなに、動揺することなんかなかったのに。

「隣のクラスのあいつがな、昨日名字に告白してんの見たわ」

お節介な親友が気の毒そうな表情を向けて伝えた情報は本当にお節介だった。は、と素っ頓狂な声を出す俺の肩をぽんとひとつ叩いて、「そろそろなんとかせんと、誰かにとられてまうで」言った言葉が頭にこびりついて離れないのだった。いやいやちょっと待て。なんで白石そんなこと俺に言うねん。

「名字結構人気あんねんで」

ありえへん、と思った。実際隣でぎゃあぎゃあ騒ぎ立てる名字には女の子らしさの欠片も見えない。なんやねんそれ。人気があるて、そんなん名字の見てくれだけですきだのなんだの言っとる連中やろ?映画見てぎゃあぎゃあ騒いだり車のカタログ見てああだこうだ言い合ったり、ゲーセンで日が暮れるまでカーレース白熱したり、そんなんしたこともないくせになんやねん。そいつが名字の何を知ってんねん。俺のほうがよっぽど、名字と仲もええし気も合うし趣味も合うし、何より名字のことをよく知ってる。むかっ腹が立って立って仕方がなかった昨日の夜、俺は自分の感情にはっきりと気がついてしまったのだった。これはそう、きっと多分間違いなく、嫉妬ってやつだ。おかげで一睡もできなかった。


よりによって名字を家に招いて、一緒にDVDを見ようと約束した前夜にそんなやっかいな感情に気付いてしまったのが運の尽きだった。例によって俺は映画どころではないし、いつもよりほんの少しだけ距離の近い名字を意識して緊張して情けないほど、辟易していた。これじゃまるで恋煩いみたいだ。あいつからの告白断ったんかな。きっと断った、よな?断ったやろ?...ていうか思えばあいつ、名字のことなまえちゃんとか何とか呼んどったな。俺の記憶が正しければ結構前からやった。はあ?何なんなまえちゃんて。なれなれしいにも程がある。委員会が一緒なだけやろ。それなのに何で名前呼びしとんねん。名字さんて呼べ、名字さんて。俺かて下の名前で呼んだこともあらへんのに。ほんまありえへん。爆発してしもたらええんや。できることならな、そら俺かて呼びたいわ。なまえ、て。あー...あかん。あかんあかん。めっちゃ恥ずい。でも、呼んでみたいなあ。呼ばせてくれるやろか。あかんかなあ。俺のことはケンヤて呼んでんのになあ......。




「...なまえ、」
「......え?」
「え?っう、うわ!」


瞬間、名字が呆気にとられたような顔でこちらを見やったので思わず俺は飛びのいた。どうやら俺のささやかで、でも切なる要望はしっかり声に出てしまっていたらしい。...て、なにしとんねん俺!何言ってんねん俺!まさか全部だだもれっちゅーことないやろな!?取り敢えず、真っ赤になっているであろう顔を隠すべく距離をとる。部屋が暗くて本当によかった。名字はまだぽかんとした顔でこちらを見つめている。顔に熱が集中する。


「なっ、なっ、なんやねん!」
「いや、何やねんってそっちが急に名前呼んだんでしょ!...なに?」
「い、いや、んなわけないやろ!空耳なんちゃう?」
「謙也、さっきから何か変じゃない?」
「へ、変やないわ!気のせいや気のせい!」
「そうは見えないけど...」
「気のせいや言うとるやろ!それより自分、知ってんで!ほら、あれやろ、告白されてんやろ!」


しまった。アホか俺は。話題を変えようと口走ったのは忌々しいくらいに気になって気になって仕方が無かった本音だった。失言すぎる。その瞬間、カッと名字の頬が暗がりの中でもはっきり分かるくらいに赤くなった。なんで謙也が知ってるの。という名字の声が遠い。頭の奥がまっしろになっていくのを感じた。


「...付き合うん?」
「け、謙也には関係ないじゃん」
「関係ないて、そんな言い方ないやろ!」
「なんで?友達だから?...それともただの興味本位?」
「興味本位てお前な...いや、ちゃう。せやなくて、」


こんなことが言いたいんじゃない。喧嘩をふっかけたいわけでもない。もちろん興味本位なわけもない。ただ、名字が好きだと気付いてしまっただけだ。言葉を飲み込んだ瞬間耳に飛び込んできた流暢な愛してるという英語は、あっという間に心拍数を上昇させた。反射的に顔を向けた画面ではアクション映画にありがちなぬるいラブシーンが映し出されており、何度もキスを重ねる若いカップルの横顔を純粋にきれいやと思った。恋をしているヒロインの横顔は、名字によく似ていた。そんな映画の影響で、俺の気もだいぶ大きくなってしまったのかもしれない。ぐっと掌を握って名字の目を見つめる。



「...とられたないて、思っただけや」
「え?」
「俺が一番名字に近いはずやのにて、思っただけや。なのになんで他の奴に割り込まれなあかんねんて、思っとった」
「謙也、」
「嫉妬した」


勢いづいて正直に吐き出してしまった。なんやめちゃくちゃかっこ悪いな、俺。けどもうアカンねん。これ以上我慢を続けることなんてできそうになかった。今日を乗り切ったとしたって、きっと明日から名字と今まで通り顔を合わすことなんてきっとできっこない。恐る恐る見上げた名字の顔は、さっきとは比べものにならないくらい真っ赤だった。


「名字、」
「なっ、なに」
「なんでそんな顔しとんねん、」


脈がないなら勘違いするからやめてくれ。いや、でも。全く脈もないのにこんなに顔真っ赤にして、ちょっと泣きそうな顔をして、名字がそんな演技派じゃないことを俺はよく知っているし、何より自分の言葉ひとつにこんなに分かりやすく動揺するのだということは今初めて知ったけれど、じわじわと言葉に表しがたい感情が沸き上がってくる。あかん、名字ってこんなに可愛かったっけ?結構人気あるんやで、と言った白石の言葉が今ならよくわかる。そしてそんなどこの馬の骨もわからん奴らにとられるなんてまっぴらごめんだ。


「なまえ」
「えっ、」
「そんな奴やめて、俺にしときや。...いや、ちゃうな、カッコ悪すぎや。...俺、おまえのこと好きやねん。せやから付き合うてくれへん?」


柄にもなく、心臓が飛び出そうになりながらも一気に言い切った。部屋が暗くてほんまによかった。きっと俺の顔は名字に負けず劣らず真っ赤だろう。まあ、名字の顔が真っ赤になってるのがはっきりと分かる時点で、部屋の暗がりはさして意味を為していないとは思うが。名字の目に薄い涙の膜が張っていることすら気づくほど。「なに泣いてんねん」いつものようにからかうように言ったはずの言葉がいつもよりだいぶ甘く響いてしまって気恥ずかしくなったけれど、名字が嬉しそうに笑って頷いたからよしとしよう。気づけば映画はもう限りなく終わりに近づいている。映画が終わって電気をつけたら、どんな顔したらええんやろ。どんな距離で座ったらええんや。どのタイミングでまた名字の名前を呼ぼうか。どんな顔して白石に報告しようか。頭の中に思い浮かんでは消えるどんな疑問も、俺と名字のこれからの未来を予感させては心踊るものばかりだった。ああ、俺、こんなに名字のこと好きやったんやなあ。






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