小説 | ナノ



青き路抜ける、花ざかりの森




「...うわ!?」
「え?」


家族以外の男の人に頭をなでられたことなど、ましてや触れられたこともない私は吃驚して思わず飛びのいてしまった。ばしり、と叩き落した腕がぶらりと宙に浮いて、白石くんはそれと私を、驚いたように交互に見つめていた。


「あ!ご、ごめん...!」
「え...あ、いや」


こっちこそ急にごめんな、と彼は言って笑った。謝らせてしまった。どうやら白石くんはただ私の頭を撫でてくれようとしたらしい。あまりにも前触れがなかったので身体がうっかり拒絶反応をしてしまったらしい。気まずい空気がふわりと漂う。...いや、私が勝手に気まずくなってるだけだ。折角こうやって部活のない月曜日に、一緒に帰ろうって誘ってくれたのに。嬉しくて嬉しくて、授業の内容なんかさっぱり頭に入ってこない程には楽しみにしてた。それなのに。ぎゅう、とスカートの裾を握りしめる手が震える。彼は忘れてしまったかもしれないけど、4月のころ。一番初めに話しかけてくれたのも告白してくれたのも、ぜんぶぜんぶ白石くんからだった。いつだって私はそれに頷くだけ。どきどきどきどき、破裂しそうな心を必死で抑えながら小さく、うん、と呟いただけ。



違うの、払いのけてしまったのは、嫌だったわけじゃなくて、ただびっくりしただけで、ほんとはすごく、嬉しかったんだよ。



たったそれだけの言葉が出てこない。私がこんなに嬉しいことも、付き合ってから毎日どきどきしすぎてどうかなりそうなことも、うまく喋れなくてもどかしいってことも、すごく、すごくすきだってことだって、きっとあなたは知らないんだ。


「...あの、白石く」
「名字さん」
「はっ、はい!」


俺、とちょっと遠くを見てから彼が言うから、今度は別の意味でどきりとした。いつだって優しい白石くんが、私の言葉を遮ったのなんて初めてで。なんだろう。いい加減にしてや、とか?可愛げないねん、とか?そんなこと、自分が一番よくわかってる。いや、彼がそんな攻撃的な言葉を私に使うはずがないって充分わかっているけど。じわ、と目尻が熱くなった。ぎゅっと眼をつぶって、彼の言葉を待っていた。


「俺が名字さんに初めて話しかけたときのこと、覚えとる?」
「えっ?」
「俺あん時、あーきっとこの子相当な人見知りさんやって。感情とかそういうの、きっとうまく表現できへんのやろなって、そう思うた。せやから俺、きっとモーレツに頑張らなあかんなって。上等や頑張ったるわ、絶対こっち向かせたるって」





「せやから俺、いまこうして名字さんと付き合えて、隣におれるんすごく嬉しいんやで」






横顔は穏やかで、紡がれる言葉も穏やかで。振り向いてにっこり笑うその笑顔は初めて話したあの日、きれいだなぁってぼんやり見惚れてたものとおんなじ。「浮き足立っとる自覚あるから、ちょっと先走ってまうこともあるかもしれへんけど、なるべく気ぃつけるわ。ごめんな」この人は、いつだって正しくて、まじめで、ひたむきで。私は、柔らかく心に飛んでくる優しい言葉や態度にいつだって射抜かれて。頑張らなくてもええよって、彼は言った。あの日私に告白してくれた日。どんなにぎこちなくても、ゆっくりでもええから、ただ俺の傍におってくれるだけでええから、ってそう言ったんだ。



「...あの、白石くん」
「ん。なに?」






「手...つないでもいい?」






ごめんねとか、私も好きですとか、そういう言葉を口にしようと思っていたはずだったのに。ぽろりと自然に心からこぼれおちた言葉の返事を待つより早く、私はそっと、さっき払ってしまった彼の手にぎこちなく触れる。あたたかい。努力と、自分や他人の痛みをよく知っている、やさしい人の手だ。心底驚いたように目を見開いていた白石くんは、言葉も出せないほどびっくりしていたらしい。かーっと、顔に熱が集まるのが鏡を見なくたってはっきりとわかる。手が震える。恥ずかしい、恥ずかしい、こんなの柄じゃない、慣れてない。でも。


「...名字さん、」
「は、はい、」
「アカン。それはアカン」




「...俺もうどうかなってしまいそうやわ。名字さんのこと好きで」






いくらでも待つって言うたのにな。そう呟いてから微笑んだ白石くんのほっぺたも真っ赤で、きっとおそろい。よかった、笑ってくれた。こんなに嬉しそうに笑ってくれるんだったら、今からでも少しずつでももっと白石くんに近づけるように頑張れる気がする。一つ一つ、ちゃんと自分の言葉で、態度で、あなたがすきだって。白石くんが私にくれるいくつもの大切な想いのひとかけら分でも、私からもちゃんと返すことができるように。大切な言葉たちを、ちゃんとあなたに伝えていけるように。






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