小説 | ナノ




君の好きなとこ


※大学生




友達として謙也の部屋でぐだぐだするのは、嫌いじゃなかった。お疲れ様会と称したぐだぐだな飲み会の後、終電を逃してしまったのは決して計算なんかじゃない。酔い易いが覚め易いという厄介な体質を持った私は、謙也の部屋で開かれた二次会にも当然出席した。だがしかし残念なことに、今日の私の体調は最悪であった。悪酔いしたことに気付いたのは、二次会参加メンバーが終電について何やかんやと談義していたときだった、と思う、たぶん。その時私はすでに独特の胸のつかえを感じており謙也の家のトイレに引きこもっていたのだった。なんだか記憶もつぎはぎだ。謙也はそんなハタ迷惑であろう私の背中をさすったり水を飲ませてくれたりしていたけれど、ようやく落ち着いた私をソファに横たわらせた。気がついたら謙也とふたりになっている。あれこれ小言を言うけれど、面倒見がよくてお人好しの謙也はかいがいしく私の世話を焼いてくれる。他方、「あいつら、派手に散らかしてきよって」宴のあとの散らかり放題散らかった部屋をぶつくさ言いながら片付けているその背中を、ソファーに横たわりながらじっと見つめていた。


「謙也」
「なんや」
「おなかすいた」


謙也はまるで道端のミミズでも見るような目で私を見た。それでもやさしい。「あほか、寝ときや」一蹴して再び片付けはじめる。そんなこといったって、おなかすいたんだもん。生理現象なんだから仕方ないと思う。返事はなかった。呆れられているのだろう。そりゃそうだ。ついさっきまで自分の家のトイレにこもってうんうん唸っていた酔いつぶれ女が、ソファに横たわりながらケロリとして空腹を訴えればそれは呆れる。いくらお人好しの謙也だってそれはそれは呆れる。大人しくしときや酔いどれが!ばさりと毛布を投げつけられた。酔いどれって。私はよいどれなんかじゃない、少なくとも普段の私は違うんだよ。


「ほな、今日に限って何でつぶれとんねん」
「生理だと悪酔いするんだよ」
「...さよか」
「そうだよ」
「いやいや、分かっとるんやったら少しはセーブしとけや!」
「いや、ついね、つい。先輩に無理矢理...まあ、いつもなら大丈夫だしいけるかと思って」
「はあ?何で断らんかったん」
「いや断れないでしょ、普通」


なまえちゃん全然飲んでないねーと、無理やり注ぎ込まれたグラスの中身を収めてしまうしか私には選択肢がなかったんだよ、仕方ないじゃないか。一通りの片付けを終えた謙也は私にココアをずいっ、と差し出した。謙也がいつも使ってるマグカップ。謙也の表情は険しいのに、それはひどくあたたかかくて私の心をゆさぶる。ほら、謙也は何だかんだで面倒見がいいから、こうやって酔いつぶれた女の子の面倒も引き受ける。それは私じゃなくてもきっと同じだ。うん、まあ、分かってはいるけど。だってそれが謙也の最大の長所である。


「...なまえ、無駄に空気読むんと責任感強いんはええけど、無理はしたらあかんやろ」
「謙也さっきから、おかあさんみたいなこと言うね」
「な、誰がおかんや誰が!」
「そんなに心配しなくても、いつもは大丈夫だからきっとすぐ治るよ」
「アホ!いつもとちゃうから心配してんねん」


身体は大事にせんとあかんやろ。女の子なんだから、と分かりづらくニュアンスを含んだ言葉はあまりにもストレートに心の中に染みた。危うくマグを落としてしまいそうになった。なんで謙也はこういうコアな、大切な部分でちゃんと「男の人」なんだろう。天然以外の何物でもない。やつのこういうところに気付いた女の子たちはきっと、忍足謙也という男に大切にされたいと願うのだろう。分かりづらい男前だからいけないのだ。だからバレンタインに、本命がもらえないだのなんだのと騒ぐ羽目になるのだ。義理の皮を被った本命がいくつそこに隠れているかなんてこれっぽっちも気づかないで。自業自得だよ、と私は思う。謙也なんかこのままずうっとモテに気づかなければいい。謙也の素敵なところなんて、ほんとうは一ミリだって他の女の子に渡したくなんかない。



「謙也、」
「今度はなんや」
「ありがとう。好き」


おまっ、謙也がガタンと大きく動いたので机が音を立てて、マグの中の液体が零れ落ちそうに揺れた。まるで彼の心拍数を反映しているようだ。かあ、と染まった頬を見るのも私だけでいい。私だけがいいのに。分かり易く狼狽した謙也を尻目に再びソファに寝転がって、毛布にうずくまった。ほんの少しの静寂が包む。目を瞑ったら空気が動く音がした。



「...誰にでもそんなん言うてんちゃうやろな」
「そんなわけないじゃん」
「せやな、俺だけにしときや」
「言われなくても、謙也にしか言わないよ」



だから謙也もこんなに優しくするのは私にだけにしてよ、とはさすがに言えなかったけれど。ぶっきらぼうに、だけど優しく私の頭をくしゃりと撫でた手のぬくもりが、私だけのものにならないかなぁなんて夢見がちなことを思って、ゆらゆらと揺れる手の動きが変わらないうちに、そっと意識を手放した。






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