小説 | ナノ



愛してよ、ハニージンジャー


※「魅惑のアバンチュール」続き




金曜日のホテル街はどこも賑わっていて、白石くんが「ここにしよか」と指差したホテルは、過度に豪華すぎず、でも安っぽさは決して感じられないセンスのよさを兼ね備えた、女の子が飛び跳ねて喜びそうな、それでいて結構なお値段が張りそうなものだった。偶然合コンで再会した元恋人相手に、こんな本気度あふれるホテルを宛がってよいのか、と一瞬躊躇したけれど、腰に回ったままの白石くんの手が私から拒否権を奪ってしまったかのように感じたので何も言わずに足を踏み入れる。途中ですれ違ったカップルは幸せそうに寄り添っていた。私も、はたから見たら白石くんと恋人同士のように見えているのだろうか。


あと一室だった空室はこのホテルの中でも一層ランクが高い部屋だったようで、ドアを開けて私はぽかんと口を開けて固まってしまった。…え、マジか。普通の恋人同士だったら彼女が跳び跳ねて喜んだ挙げ句彼に飛び付いてキスしてしまいそうな部屋だ。さっきも思ったけど、合コンでお持ち帰りする相手を連れてくるような場所ではないと思う。白石くんは大丈夫なのだろうか。もっと本気の相手に使うためにとっておいたほうがいいんじゃないの、と余計なお世話を思って一瞥すると、視線を感じたらしい白石くんはジャケットを脱ぐ手をとめ、私を見つめて首をかしげる。


「どうしたん?気に入らへんかった?」
「いや!そうじゃないけど…」
「前の彼氏さんに負けてへんかったらええけど」


いたずらっぽく笑って言う白石くんの真意がつかめない。比べるもなにも、そもそも元彼はこんな高級そうなラブホに連れていってくれることとか、一度もなかったし。たとえ元恋人のよしみで、ふられてしまった慰めをするためだとはいえ、あまりにも出来すぎている。え、私もしかして最後には壺とか買わされたりしない?もしくは高額な幸運のブレスレットを寝てる間に腕にはめられているとか。怪訝そうなのが表情に出てしまっていたのか、白石くんはまた笑った。


「そういうとこは昔と変わらへんな」
「え?」
「思ったことがすぐ顔に出るとこ」


そんなことまるで自覚がない、と反論するよりも早く白石くんが私の肩をつかまえてキスをした。白石くんとの初めてのキス。ゆっくりと丁寧で、じっくりと深く、まるで隅々まで探られて、食べられるような感覚に陥ってしまうキス。これから先に起こる展開を予想させるような、期待させるような、セックスの前触れにぴったりのパーフェクトな大人のキスだった。


「...白石くん、いつの間にこんなの覚えたの?」
「ん?...まあ、何年も経ってるからなあ」


あん時は、緊張して手も繋げなかった。眉を下げて白石くんが笑い、私の手をそっと、確かめるようなしぐさで握った。恋人つなぎのそれだった。そりゃあ、恋人同士だったとはいえあの頃の私たちは中学生で、彼は部活、私は受験で忙しくてそれどころではなかったし、別々の高校に上がったらあっさり自然消滅してしまったあのころよりも、いまの方が人としても恋愛においても経験値は少しは上がっている自覚はあるし、それは白石くんも同じだろう。私と別れた後にどんな人と付き合ったんだろう、と一瞬浮かんだ疑問は、ひょいと抱き上げられてそのままベッドまで運ばれてしまったことによりあっけなく消えてしまった。


「ま、待って!シャワー浴びたい」
「ええけど、俺も一緒にシャワー浴びることになるけどええ?」
「えっ!?...それはいや」
「即答か。傷つくわ」


ちっとも傷ついてないようにははっと笑って、白石くんは私の首筋に顔を埋めてキスを落とした。私の主張はあっけなく却下されたらしい。柔らかくて色素の薄い髪が当たってくすぐったい。わずかに感じさせる性急さが正直意外でほんのすこし焦った。白石くんのことだから、きっと女の子がシャワーを浴びたいと言ったら待っていてくれるだろうと思ったし、ましてや一緒に入りたいだなんて一見効率の悪そうなことを望むはずがないと思っていた。けれどそんな疑問を覆すように、白石くんはベッドサイドのリモコンで部屋の電気を消す。サイドランプだけがぼんやりと至近距離の白石くんを照らして、目の奥に籠った熱が彼をよりいっそう色っぽく写し出している。いまからこの人に抱かれるんだと思うと、うっかり眩暈がしそうなくらいにどきどきした。


「...妬けるなあ」
「え?」
「いつの間にこんな色っぽくなったん?前の男のおかげ?」


まあ、5年も付き合ってたんやからしゃあないよな、と自嘲気味に笑って言った白石くんに私は決定的な疑問を抱いてしまった。…元彼と5年付き合っていたことを私は白石くんに言っただろうか。あの合コンでもそんなこと一言も口にした覚えがない。しかも居酒屋を出たときの白石くんとの会話をよく思い出してみれば、飲み会の場でも、彼氏と別れたとは言ったけど、ふられたなんて一言も言ってない。なのに白石くんは、私が彼に振られたことを知っていた。いったいどうして。


「白石く...」
「いまは何も聞かんといて」
「えっ」
「全部あとでちゃんと答え合わせしたるから」


早くなまえのこと抱きたい、と言われてまた唇を奪われてしまったら、それ以上何も言えなくなるからずるい。さっきよりももっと溶けるような、性急なキスをしながら、熱いてのひらで身体中を撫でるように触れてくる白石くんの色気に当てられて、聞こうとしていた諸々のことなど一瞬で吹き飛んでしまった。こんなの経験したことない。こんなにも欲しがられて、こんなに気持ちいいとこばかり触れられて、訳がわからなくなってしまいそうに全身が熱い。まるで、自分が自分じゃなくなってしまうかのような感覚に、頭の中がちかちか光ってはじけそうだ。


「俺のことだけ見て、なまえ」


だけど、それでもよかった。ゆきずりでも出戻りでも慰めでも、例えそれが計算ずくだったとしても、ただの勘違いでも。もう何だっていい。ちゃんと白石くんを見つめたいのに、見つめたら泣いてしまいそうな気がする。まるで中学生のころの、あのときの白石くんがいまの白石くんと重なって、好きだって全身で私に訴えているような気がして。そんな願望じみた思いさえもすべて抱きしめるように、白石くんの背中に必死に腕を回した。あとで教えてくれる白石くんのいう答えが私の予想とおんなじだったら、もう一回私と付き合ってくださいと言っても、笑って頷いてくれるだろうかと思って、何度も何度も確かめるように白石くんにキスをする。それから白石くんはずっと、一晩中私を離すことはなかった。





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