小説 | ナノ




魅惑のアバンチュール


※社会人




5年付き合った彼氏に振られた。原因は、「お前のこともう女として見れない」らしい。人間、こんなに水分を失っても生きていられるのかと思うほどに泣き明かし、友人に泣きながら電話しつつ酒を煽り、へべれけのまま眠って。目が覚めたら襲ってきたのは未だかつてない規模の二日酔いで、とっ散らかった部屋には無数に開けられたアルコールの缶が
玄関やらキッチンやらの至るところに転がっていた。なんだこれは。虚しすぎる。


5年も付き合ってたらドキドキとかワクワクとかそういう気持ちだけじゃやってけないっていうのは間違いないと思う。事実、彼の前でくつろぐ度合いがすぎていったかもしれないという自覚はあるが、それはお互い様だと思うし、半同棲までしてしまったら彼氏の前で四六時中ずっと気を張っているなんて無理だ。彼だってそんな気を使わなくて良い関係を気に入っているように見えたのに。でも私は本当のところを知っている。彼が職場で出会った新入社員の可愛い女の子とご飯を食べに行ったことを。要するに、その子といちゃいちゃするために私が邪魔になったんだろう。いつから二人で会ってたの、なんていう核心を突いてしまうような質問は私の心が壊れるのでやめておいた。


なんてひどい話、と二週間くらいは仕事から帰ってはおいおい雄たけびを上げつつ部屋で泣いていたけれど、そこに何の生産性も見いだせないということにやっと気が付いて、友人からの合コンのお誘いにスライディングする勢いで参加させていただいた。元彼にはしばらく見せていなかったような、男ウケするであろう完全武装を施して。…思えばこういうところが別れる原因のひとつになったのかもしれないが、私はもう過去は振り返らないと決めたので、もうそのあたりは考えないようにすることにする。女とはたくましい生き物だ。そうじゃなきゃやってられんのだ。





「かんぱーい!」



久しぶりすぎる合コンの相手は友達の会社の同僚とその友人だそうで、初対面ではあるけれど純粋に楽しかった。元彼以外の男の人とこんなに楽しく飲むのは久しぶりかもしれない。彼と付き合っているときは、男性のいる飲み会に参加するなんて口が裂けても言えなかったから。


「なまえちゃん、飲みっぷりいいねー!本当に彼氏いないの?」
「あー…こないだ別れたばっかりで」
「えーマジで?」


たとえその場のノリであったとしても、なんとなく発言がチャラ過ぎるとしても、こうやって彼以外の男の人にちやほやされるのも新鮮で、傷ついた女心にはちょうどいいか、なんて思って愛想笑いしていたら、ガラリと襖を開ける音がした。


「すまん、遅くなったわ」
「あー来た来た!」


私の目の前の席がひとつ空いていて、あとでもう一人遅れてくるから、と言われていたその人が到着したのだろう。仕事が長引いてしもて、と言う彼はカバンを置いて目の前の空いた席に座る。挨拶しようと目線を上げて、私は固まった。



「どうも、初めまして。白石です」



え、ちょっとかっこよくない?友達のひそひそ声も全く頭に入ってこない。よく通る声、関西弁、さらりと流れる髪、人好きのする爽やかな笑顔。明らかに見覚えのあるその姿は数年前と変わっていなくて、見間違うはずもない。白石蔵ノ介。中学時代の、私の初めての彼氏だった。









彼氏と別れた直後に元彼と遭遇するなんてどこのメロドラマだよと悪態をつきたくもなるけれど、白石くんは私にあの頃の話を持ち出すこともしなかった。初めましてって言ってたし、私だって気づいてないか、もしかしたら私のことなんて忘れてるのかもしれない。そりゃそうだ。もう何年経ってると思ってるんだ。ほっとしたような、がっかりしたような。白石くんはたまに目が合うとにっこり微笑んでくる。相変わらず女の子キラーのスマイルだと思う。付き合っていた当時の私だったらそれだけで顔を真っ赤にしていただろう。キスどころか手も繋げなかったあの頃が懐かしい。



「なまえちゃん、お家どっち方向?」


飲み会も終わって帰ろうというとき、さっき話しかけてきた斜め前に座っていた彼に呼び止められた。
みんなは二次会に行くらしいが、私は白石くんに再会してしまった手前、なんだか気まずいので帰ろうとしていたところで、どうやら彼も帰ることにしたらしい。


「俺も帰るからさ、送るよ」


…これはあれだろうか。所謂下心満載のやつだろうか。私だってもう中学生でもないんだし、いい歳した大人だし、肩に回された手がどんな意味を持つかなんて痛いほどわかっている。初めて会ったのにあっさりお持ち帰りされるなんてちょっと尻軽すぎるだろうか。でも、彼氏とは別れたばっかりだし、そろそろ寂しいって思ってるし、彼のことを生理的に受け付けないというわけでもない。大体、彼氏を作るために合コンに参加したんだから、たとえ一夜の関係であろうともまあそういうこともあるよねって割り切れる、ような気がする。ごちゃごちゃと考えるのもなんだか面倒くさくなってしまったので、私は彼の方を向いて頷こうとした、はずだった。




「悪いなあ。なまえちゃん、俺ともう一軒行く約束してんねん」



あのキラースマイルを向けながら私の腕を引いたのは白石くんだった。いやそんな約束してないですけど、と反論しようかと口を開きかけたが、「ほな、いこか」白石くんに掴まれた腕を強くひかれたのでそれは叶わなかった。ていうか、いや、なんで?
さっき居酒屋を出る時には、私の隣に座ってた子にがっちりマークされてたと思うんだけど。恐る恐る白石くんの方を見てみると、視線を感じたらしい白石くんはさっきと変わらない笑顔で言った。


「久しぶりやなあ、名字さん」
「…えっ、お、覚えてたの?」
「当たり前やろ。逆に名字さんが俺のこと忘れてるんちゃうかって思たわ」
「いや、だって、何も言わないから」
「あそこで俺らだけ変に盛り上がってもうたら、シラけさせてまうやんか」


ああ、間違いなく白石蔵ノ介だ。テニス部の部長をしていたときから、その場の空気を読むことや協調すること、物事をそつなく回すことに長けている。そして私はそんなところもすごいなあと当時思っていたのだ。しかも社会人になったからだろうか、それがさらにスムーズに、パワーアップしているような気がする。きっとこの人、会社でもかなり仕事できる認定されてるだろうな、なんて可愛げのないことまで思ってしまったけれど、そんな彼にしてはさっきのやり方はやや強引だったようにも感じる。


「あの、何でさっきあんなことしたの?」
「ん?あんなことって?」
「もう一軒行く、とかなんとか」
「やって、そうでもせな名字さん、アイツとホテル行ってもええて思ってたやろ?」
「!!?」
「アイツな、彼女おんねん。せやからやめといたほうがええと思うて」


変なゴタゴタ巻き込まれたくないやろ?と眉を下げて笑う白石くんに私は衝撃が隠せず言葉を失ってしまった。そりゃ巻き込まれたくないに決まっている。カップルの修羅場の被害者だなんて一番ごめんだ。私は自分の軽率さを反省すると共に、なんだか裏切られたような気分になって脱力する。まあ、別に好きだったわけでもなんでもなく、付き合うことになったとしても一夜だけだったとしても別にいいかな、くらいの相手ではあったわけだが。仮にも元恋人で、数年の時を経て今日再会したばかりの彼に気遣われてしまうとはなかなかの失態すぎて恥ずかしすぎる。


「全っ然分かんなかった…。引きとめてくれてありがとう白石くん」
「名字さん、男見る目ないなあ」
「返す言葉もありません…」
「彼氏にふられたんやって?」


どうして知ってるの、と思って勢いよく顔を上げたが、たぶん彼が居酒屋の部屋に入ってくる直前に話していた内容を聞いたのだろう。ていうか私はなんでこんな恋愛事情を、白石くんにことごとく、あまりにも赤裸々にばれなくてはいけないのかとより一層羞恥が募ったが、白石くんは言葉を続ける。終始笑顔を浮かべたままで。



「なあなまえちゃん、俺ともう一軒行こか。話したいことぎょうさんあんねん」



白石くんがそう言って私の腰に手を回したので、私はその言葉の意味することが分かってしまったような気がした。あのころの、中学生だった彼はもういない。私だってもう、白石くんに微笑みかけられるだけで浮かれていたような、幼いころの私じゃない。キスどころか、手を繋ぎあうこともできなかった私たちとはもう違う。…まあ、もともとさっきの彼とだってどう転んでもいいやと思っていたわけだし、ここで白石くんの誘いに乗ってしまってもさほど変わらない気がする。そう思って白石くんの目を見ながら頷いたら、腰に回った手に少しだけ力が入ったような気がした。







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