小説 | ナノ
かいじゅうは嗤う
「先輩」
「おーどしたん財前」
ここ最近よく3年2組にやって来る2年の財前くんは、白石と謙也の部活の後輩だ。白石と謙也が原因でないとして、一気に黄色いざわめきが起こるのは大抵財前くんが原因だった。3年女子にさえこんなにも人気なんだから2年ではもっと大変なんだろうなぁと思いながらも、私は彼女たちのざわめきにどうしても納得できない点がある。
「借りてたCD。返しにきましたわ」
「そんなん部活ん時でええのに」
「気が向いたんで。ちゅーかぶっちゃけヒマやったんで」
「先輩を遠慮のかけらもなくヒマつぶし呼ばわりしよって…」
「相変わらず気まぐれやなぁ」
そんな白石と謙也の言葉にもフン、と鼻で笑って見せる財前くんに、ざわめきが増した。ほんまカッコええよねあの子、というひそひそ声も聞こえていないはずがないだろうに、飄々とした顔で淡々と会話を続ける財前くん。私はそんな財前くんをいつもみたいにじっと見ていた。目が合った。
「なまえ先輩、何見てんすか」
「一体どこのヤンキーなの」
「あんま見とると見物料とりますよ」
「いいじゃん、減るもんじゃないし」
「減りますわ、何かが」
「何かって!」
「おうおう財前、なんやなまえによう絡むなぁ」
「あっちから絡んでくるんすわ」
「いやいや、私何も言ってないんですけど。見てただけですけど」
「目が言ってますよね」
「ええー…超理不尽」
「なまえも、嫌やったら嫌って言ってええんやで」
「部長は黙ってて下さい」
「ひどいあしらいようやな」
ほら、うずうずしてきた。財前くんを見ると私はいっつもうずうずしてくる。手をこう、わしゃわしゃってしたい衝動に駆られてくる。それもこれも全部財前くんが、
「ほんま、こんなツンケンのどこがええんやろなー」
女子って分からんわ、自分も財前みたいなんええなって思うん?財前くんの頭をぐりぐりとなでつけながら聞いてきた謙也の手をはたき落してハンって笑って、「少なくともヘタレな謙也さんよりなんぼかマシやと思いますけど」と言う財前くんに謙也くんは「こいつほんっまむかつく!」と歯をぎりぎりしていた。あああーーもうだめ。やっぱりもうガマンできない!うずうずが止まらなくなってしまった私は思わず口を開く。
「いや、それは私も常日頃疑問なんだけど」
「は?」
「なんでみんな財前くんがカッコイイっていうのか理解できない」
「先輩、ケンカ売ってます?」
「だって財前くん、かっこいいっていうより可愛いじゃん」
「...は?」
…どのへんが?そうポツリとこぼした白石の言葉を遮らんばかりの勢いで気が付いたら口が回っていた。だってずっとそう思ってたんだもん。ずっと我慢してたんだけど、財前くん可愛いなって、もー可愛くて可愛くてぎゅーってしたいくらい可愛くって、あの生意気ぶっちゃう感じとか、先輩にもつんつんしちゃうところとか!絶対ツンデレだって!!こいつー!ってわしゃしゃー!ってしてやりたい!ほんとに野良猫みたいで、とにかく可愛いぎゅってしたいむしろお願いしたいぎゅうさせてください!!そこまで一気に言ったらぽかんと珍しく呆けたような顔をしている財前くん。あ、そんな顔も可愛いね。写真撮ってもいいかな?
「なまえ…なんやよういっつも財前のことじーっと見とるなーと思っとったけど、そんなこと思ってたんか腹の底で」
「いやー言えないでしょこれは!まあ言っちゃったんだけど」
「知らぬが仏やったな…引くわー」
「引くなよヘタレスター」
「スピードスターや!!ヘタレスターって何やねんヘタレス「やかましいよヘタレスター」だからヘタ「ちゅーか財前フリーズしとるんやけど。おーい、財前?」
何も言わず黙ってた財前くんが顔を上げて、私をじっと見た。おっ、これはさすがに怒られるか?ちょっと身構えたけどその口から発せられたのは意外も意外な言葉だった。
「ええっすよ」
「うん?」
「やから。ぎゅーとかわしゃーとかしたいんでしょ?どうぞ」
「えっ!?い、いいの…?」
「まぁしゃーないすわ」
「いや財前おまなんかキャラちゃう「うっさいっすわヘタレな謙也さんなんや文句あんのか」……もう俺めげそう…」
ツンデレのデレがここで爆弾のごとく落とされた!純真無垢(に見える)財前くんの真っ黒な瞳を見つめていたら、それがまたつぶらで何とも言えない可愛さだったのでもうどうにも衝動を止められなくなってしまってガバリと抱きつき頬を擦り寄せれば、財前くんは抵抗することもなくされるがままになっていた。だけどセリフだけは相変わらずの毒舌で「あーあこういうのほんまはめちゃめちゃうっといんすけど、まぁしゃあないっすわー」と言われてしまえば、それすらも可愛さに拍車をかけるだけ。ほんと可愛いんですけど…!ツンデレ後輩属性最高!ずっとすりすりしてたい!なまえ先輩の好きなだけどーぞ、という財前くんのお言葉に甘えて、私は抱きしめるその手に力を込めた。白石と謙也が思いっきり顔をしかめて財前くんに無言の圧力を送っていたことも、財前くんがそんな彼らに勝ち誇ったような笑みを向けていたことも知らずに。
「まぁしゃーないから、今はこれで勘弁したりますわ」
「見てみ謙也、あの財前のドヤ顔」
「めっちゃむかつくんやけど何や勝てへん気がする…」