小説 | ナノ



You have bewitched me.



「謙也」気づいたら名前を呼んでいて気づいたら背中を見つめていた。気づいたらよく話すようになって、気づいたら手を繋ぐようになって。その手がいつしか私の頬に唇に肌に触れて、それはまるで溶けてしまいそうな、この世に生まれてほんとうによかったと心の底から思って泣けてしまうようなそんな気持ち。「...なまえ、」私の顔を覗き込んで様子を伺うように発するその言葉には一体どんな魔力が潜んでいるんだろう。いつだって私の心の臓の敏感な部分をきゅっと絞り上げるように刺激して、うっかり涙をこぼしてしまいそうになるような、甘い甘い響き。「なあに」不思議なことに彼といると季節も時間も感じないのだ。孤独も寂しさも、とっくにどこかに脱ぎ捨ててしまった。謙也にめぐりあうまで、きっと私は寂しい女だったのだろうと思う。今までの孤独だった時間はいったいどこへ流れてしまったんだろう。あなたと出会う前までの、膨大な私の時間は今になってどんな価値を生むというの。でも、そんな時間を繰り返して積み上げた私の過去も今も全てあなたが包んでくれるというなら、きっとそれも意味のあることだったんだと思える。優しい優しい指先がそっと頬をくすぐるので思わず身をよじったら、こくりと謙也がのどを小さく鳴らしてから笑った。その笑顔がすき。太陽みたいに、いつでも私をあたたかく照らしてくれるその笑顔が。出会ったときから何度も何度も向けてくれるその笑顔が。ずっとずっと好きだった。「なまえ、」遠慮がちに名前を呼ぶ謙也の肩がほんの僅かに強張っているのに、気づかないふりをして。「なあに?」静かな部屋に時計の針の音だけが響いていて、こくり、再び小さく謙也ののどが音をたてた。目に篭った熱をじっと見つめ返す。「……しても、ええ?」謙也は優しいひとだから、私に触れるときいつでも一瞬身体を強張らせるのを知っている。だけど本当は、私が欲しくて仕方がないって身体中で叫んでるのも分かっている。本能を理性で押し込めて、私を傷つけないように笑っているその姿さえも愛しい。だから、「うん」断る理由など私には最初から、どこにもありやしないのだ。ほっと堰を切ったようにこぼされた笑みがあまりにも色っぽくて眩暈がする。瞳に宿るほんの僅かな欲望と獰猛さを、隠された本能を、全てを暴いてしまいたくて、私はただ黙って謙也に身をゆだねる。ああ、あなたが好き。







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