小説 | ナノ




世界の果てで君を待ってる


※社会人





私が唯一癒される時間で、この世で一番素敵な場所だと思ったのは後にも先にも千歳の腕の中だけだと言い切る自信はある。何年前か出会ったころ、あの独特のゆるりとした雰囲気のなかで、本気半分成り行き半分で腕のなかにすっぽりと収まってしまってから、私の定位置はすっかり千歳の腕のなかに決まってしまった。いや、決めたのだ。宣言したら当の千歳は「そりゃあ、まーごつよかとね」当時の私には半分もわからなかった熊本弁で言って笑ったのだ。私は千歳が笑ってくれるならなんでもよかった。それは今も昔もかわらない。もう何年も経つのに私の定位置は変わらなかった。いや、変わらなかったのか、それとも変えなかったのか、それとも。



千歳は私のベッドにもぐりこんでいることがよくあった。たまに帰宅して電気を点けると千歳が布団にくるまっていることがよくある。そして今日もしかり。もぞ、と白いシーツが動いた。慣れっだから驚くこともない。それが社会人になっての私の社会人基礎力、もとい最低限身につけなければならなかった諸々のプライドと見え透いた余裕だ。そんな私に千歳は何も言わない。いつだって千歳は突然に私の前に現れる。連絡が来るとは限らない。あっても現れるとは限らない。どこに住んでいるのかも知らない。千歳はいつだってつかめない。出会った時からずっと、私は一生千歳を捕まえることなんかできないんだろうと思っていた。私が千歳をどんなに想っていようが関係ない。友達になっても、恋人になっても、きっとこの人とは永遠に、ひとつになることなんかできないんだと。


あのころからずっとだ。千歳は変わらない。そんなことを言えば彼は「そげんこつなかとよ」眉を下げて笑うのだろう。だけど変わらないのだ。少なくとも私から見たらそうなのだ。あどけない寝顔を無防備に見せてくれる、その安心感がいつか千歳の中から消えてしまうのではないかと、私はいつだって不安になる。







「千歳、」





くしゃり、とうねる髪の毛を撫でても起きない。う、と少し呻いて枕に頭をうずめる姿が、いつになっても、いくつになってもたまらなく愛しく感じるということを、ほんのわずかにでも彼は理解してくれているのだろうか。私がこんなにも、こんなにも、何度でもこうして心を奪われてしまうのだということを、彼は。








「千歳」






うっかり涙が出そうになることもある。だけど千歳はそれを知らない。見ないふりをしている。彼には私など、初めから見えていないような気がした。ゆるやかに拘束しながらも、私のことなど見ていないのだ。千歳は自分しか見てないんだよ、はじめから。いつだったか零れてしまった私の言葉を彼は拾わず、ただただ曖昧に笑ったのだった。それはそれは傷ついた表情で静かに笑っていた。









「…ちとせぇ、」









手放したくない、ほんとうは。ずっとずっと傍にいてほしい。私は千歳に、いつだって傍にいてほしいんだ。だけど千歳は違う。千歳は誰にも拘束されないし、誰のためにも存在しない。いくら私が千歳のために存在したくても、千歳は私のためには存在しない。だから私は次会えるのがいつなのか、素知らぬ顔して、数えないふりをしながら必死に待ちわびていた。それが傷つかずに彼を想い続けることができる唯一の方法だったから。









「おかえり、なまえ」
「…起きてたの」
「んー、今起きたとよ」



くあ、と小さく欠伸をした半年ぶりに会う千歳はゆっくりと身体を起こすと、手まねきをして私をベットの中に呼び込んだ。「...泣いとる」素直に従ったのは、疲れていて早く眠ってしまいたかったからであって、決してうっかり目尻に浮かんだわずかな涙を大きなてのひらでぬぐわれたからだとか、そういうんじゃない。もう来ないかもしれないと思い続けて夜な夜なこっそり泣いていた半年間を思い出したからとか、千歳のてのひらが思いのほか温かくて、どうしようもない気持ちになったからとか、そういうんじゃ決してない。


だきしめられて、昔のように、何もなかったかのように、空白の時間が嘘だったと言い聞かせるように千歳は私を定位置に収める。何か思いこむような沈黙のあと、「やっぱり、なまえがおらんとたいぎゃきつかね」耳がふさがっていたので聞こえなかった。いや、嘘だ。聞こえないふりをした。もう一度ちゃんと目を見て言ってほしくて、聞き間違いなんかじゃないんだって安心したくて。






「なまえ」
「なに?」
「一緒に住んでもよか?」






ばか。散々放っておいて何だよとか、今更遅すぎるんだよとか、そんなの本気にしていいのかわからないとか、色々言いたいことや言うべきことはたくさんあったはずだ。だけど私の口からは言葉なんて一言も出なかった。ただ、昔からよく知りすぎている、たゆたう夢のような心地の良さに身体を預けて、この素敵な素敵なできごとが。今が。千歳が。目が覚めても消えてしまわないことを、決して儚い夢でなんかじゃないことを強く願って腕に力を込める。矜持も建前も強がりも存在意義も、もうどうでもいい。私の帰る場所が、あなたの帰る場所が、この先も変わらずここであるならもう何だっていい。






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -