小説 | ナノ




さよならさよなら左様なら、


※悲恋






「俺ァ、別にあんたのこと好きでもなんでもなかったんだけどなァ」





事を終えたあとに総悟はぽつりと、ため息でもつくようにして言った。その綺麗な瞳は大層ぼんやりしていて、私じゃないどこか別のところを見つめていたのだ。


「うん」
「あんたが土方に気に入られてるみてェだったから、ただの嫌がらせのつもりだったのに」
「うん」
「あんたの泣き叫ぶ顔あいつにみせてやろうと思ってた」


知ってるよ、わたしはごろりと寝転がってまっしろな天井を見つめた。視線をずらしても、どうせ身体にまとわりついているシーツや枕だって、壁も床もみんな色を変えやしないから無駄なのだ。今さらどう足掻いたって、何も変わりやしない。



「なまえさん」


総悟の声が私の名前を呼んだ。切ないと思った。低すぎなくて甘く、いつだって私の心の中にしっかりと響く、大好きだったその声は、ほんの少しだけ掠れていたから余計に「なあに」私を切なくさせる。
遠くで蟋蟀が鳴いている。それは終わりに相応しい、とても静かな夜だった。



「俺たち、一体どっから間違ってたんでしょうね」
「さあね、わかんない」
「もっと時間があったらよかった?」
「どうだろうね」
「あんな風に出会わなければよかった?」
「そうかもしれないね」
「俺の身分がもっと、高かったら良かったんですかィ」
「…」
「そしたら俺は、」




ちゃんと最初っから、なまえさんのこと愛せてたと思うんですがねェ、


声が、震えていた。ほんのかすかにだけど。見逃すことなんて出来やしなかった。私は黙って傍に放るように置かれていた彼の手を握った。あたたかい。




「総悟」



名前を呼んだらキスを落とされた。いつもと変わらないはずの仕草なのに、悲しみが唇から伝わってくる。優しすぎるその唇は、髪は目は肌は君は、きっとずっと、変わりやしないのに。私は変わってしまうのだ、この美しすぎる男を置いてひとり。明日からはもう、私の隣に立つのはこの人ではないのだ。それは生涯永遠に、墓の中に入ってもかわらない。
あんなに恋焦がれていたのに。あんなに愛を重ねたのに。別の人に生涯の愛を誓わなければならないなんて。もうすぐ、触れることが許されなくなってしまうなんて。



「なまえさん。俺はあんたに、行かないで欲しいなんて言える立場じゃないから、」



言えないけど、でもね、



にこり笑う笑みはいつものそれじゃないと気づいてしまって私はますます悲しくなった。いつもみたいなニヒルで意地悪な笑いじゃなく、口の端を片側だけ吊り上げる悪戯っ子みたいなそれでもなくて、いまにも泣きそうな笑顔を彼はしていた。それでいてたいそう優しい笑みだ。いままでわたしの見たことのない笑顔だった。そしてこれからも、きっと見ることはない。




「あんたの声を聞くだけで触れるだけで傍にいてくれるだけでいつでも苦しいくらいに、満たされてたんだ。ただ幸せだった。…俺は、あんたを」






本当に、愛してたよ。









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