小説 | ナノ



警察は市民の安全を守るためにある





「なまえさんさァ、こんな夜中に警察動員させんのやめてもらえますかねェ」
「…うっさいな。江戸の治安を守るのがアンタらの役目でしょーが」


だったら大人しく動員させられてろ!つーかあんたらの役目だろこれ間違っても私のような一般市民のか弱い女の仕事じゃねーだろ。運転席に座る沖田くんに文句を言ったら、か弱い女が一体どこにいるのだという旨の反論が耳を掠めたが、何か言った?と言ったら何でもないようだった。はいはい、とまるで気のない生返事が返ってきたので「返事はハイ!」「…ハイ」「よろしい」叱咤した。くそ、これだから最近の若者は困りますよ。SNSやらラインやらでマナーとかモラルとかなんかそういうのが明らかに欠落してますよ。チッと軽く舌を打って、窓からきらきら煌く夜のかぶき町を見た。わお、さすがにみんな道を開けてくれてる。普通の自家用車までもが。すっげー、ほんとすっげーな。さすが警察の車ですよわーすげーなほんとすげー。…つーかなんで私はこんなことになっとるんだ。


「…あのさあ、沖田くん」
「何でしょう」
「なんで私、きみとパトカーで市内観光してるの?しかもこの真夜中に。良い子はとっくに眠りにつくようなご時分に」
「違いまさァ市内観光じゃなくて警察行き一方通行ですよ。あ、途中下車禁止なんで」
「だからなんで私補導されてんの!?」


おかしーだろ、どう考えてもおかしーだろ!!私はちょっと勢い余って手首に掛けられている金属製の重いモノを引き千切ろうとしてしまった。て、ちょっと待ってくれなんで手錠までかけられてんのこれ、え、なんでよ訳がわからないよ!私なにかしちゃいました?法に触れるようなことなんかしちゃったんですか?


「あのー沖田さん。私が一体何をしたと」
「とぼけなさんな。男ぶっとばして暴言吐いて取り押さえられたのは一体どこの誰でィ」
「いや、だからあれは正当防衛だっつってんだろ!むしろ被害者なんですけど!」
「容疑者はみんなそう言いまさァ。腐った芝居は結構だぜェ」
「なにそれアンタその、なりきり刑事みたいな!?いや警察なんだけど!いやそれよりおかしいでしょなんであの変質者はちょっと署まで同行だったのに、こっちは手錠かけられてパトカーでドライブ!?」
「だからそれはアンタが男ぶっとばして暴言吐いて取り、」
「だーかーら!私が被害者だっつってんだよ話をきけ!」


あぶねーなァ、こっちは運転中なんだからちったあ静かにしてくださいよ、言うから仕方なくしてわたしは一端助手席に座り直した。でも口は閉じない。だっておかしーだろう!てかおまえ警察のくせに善良な市民を補導しちゃいかんよ。いくら私が酔っ払った男をちょっとぶっとばしちょっと暴言を吐き、通行人におまわりさん!こっちです早く来てー!とか言われ取り押さえられながらも「ドブに落ちてボウフラ食って死にやがれこの酔っ払いが」と捨て台詞てきなものを吐いて駆けつけられたパトカーに押し込められたとはいえ。


「普通あそこでブッとばしますかねェ」
「だってあのままじゃあの女の人の操が危うかったのよ!新聞記事飾っちゃうような事件に発展してたかもしんないじゃん」
「大人しく警察に任せるってもんだろィ。しかもブスとか言われて逆ギレ」
「!だ、だってあれは許せないよなんだっけ、そのー…憲法何条のきほんてきにんげん、のなんちゃらに反するよ!!」
「基本的人権の尊重、ね」


ふんと鼻をならし馬鹿にしたように笑うので、私はこのハニーフェイスで飄々とした男を殴ってやろうかと思ったが、一応おまわりさんな上運転中であるからぐっと我慢した。そうだよ悪かったですね、私はOL風のお姉さんに絡んでいた酔っ払いに「ちょっとオジサン。嫌がってんでしょ離しなさいよ」と言ったら「あー?なんだ、姉ちゃん、代わりにアンタが相手してくれるってわけか?」ケツを撫でまわされながら言われたので「違ェよ。さっさと家帰ってカミさんに水でもぶっかけられろっつってんだよ」と汚い手を振り払いつつも冷静に返してあげたっていうのに「ああ?ブスがなめた口利いてんじゃねーよ、ブス!!」暴言を吐かれたのでブチ切れ、「そのブスのケツ撫でくり回してんのは誰だよ!ブスだって頑張って生きてんだよブスだって幸せに生きる権利があるのテメーは知ってんのか、アア!?死ねそして埋まれ!!」とかいうちょっとアレなやりとりを繰り広げた女ですよ。しかもおまわりさんが到着した際には酔っ払いのおっさんはおまわりさんに泣き付いて「助けておまわりさん!殺される…!」とかほざきやがってほんとに、最悪だなあのよっぱらいオヤジ!三回死ねばいい。


「…最悪なのはアンタでしょなまえさん」
「!?なんで心の声を聞き取ってんの沖田くんひょっとしてあんたエス」
「エスパーでもなんでもないですからね。全部アンタ言っちゃってますからねェ」


ほんとあんた、女とは思えねーなァ、とまた半笑いで言う彼に無言で鉄拳を食らわした。運転中?んなもん知らねーよ。交通ルール?んなもんクソ食らえですよ。いくら私だって、尻撫でられた酔っ払いといえどブスとかほざかれてしまったらそりゃあちょっとは傷付いたりしますよ、ちょっとだけだけど。悪かったですね。でも私だって一応女なんですからね。沖田くんは知らないかもしれないですけどね!


「い、ってェ…!ちょっとなまえさん警察にもそういう態度とるんですかィ公務執行妨害で逮捕しますぜ」
「どっちにせよこれなんかおかしなことにもう逮捕されてんだろ私!だったらもうどっちだっていいわ」
「あーハイハイ。アンタもともとこういう人でしたねェ。そんなスネなさんな」
「べつにスネてないから!悪かったね狂犬のような女で」
「スネてらァ。あーおかしい。なまえさんあんま笑わせないでくださいよ。まともに運転できねーや」
「そんな笑わせた覚えないんですけど、もし何ならもう一回鉄拳食らうか?二度と運転できなくしてあげようか?」


沖田くんはスッと背筋を伸ばして前を向くと「いえ遠慮しときます」言った。わかればいいのよ、わかれば。けれどまだくくく、と、笑いを噛み殺すようにしてるのは、しょうがないから見逃してやろうか。こいつ、ほんと可愛い顔してさあ腹ん中多分まっくろけだよ。イカスミもびっくりなくらいのまっくろけだよむしろブラックホールかもしれない。会うと何かしらちょっかい出してくるし、近藤さんに会いに行っても必ずいて何か嫌味のひとつでも言ってくるし。ほんとに可愛くない奴だ。黙ってりゃそれなりに男前なのに。


「それにしてもねェ、なまえさん。あいつ取り押さえた時の顔のアンタの顔ったらなかったぜェ。泣きそうになってましたよ。笑えた」
「え、なんでおかしくない?別に泣きそうとかなってないし!なんであんたそれで笑っちゃってんの。やっぱ真っ黒だなこいつ腹どころか五臓六腑まっくろだよどうしてくれよう」
「そんなん傷付いたんですかィ。情けねーな、巷でアントニオなまえと呼ばれるなまえさんが、たかが酔っ払いの言葉ひとつでねェ。シケた面なんざアンタに似合わねーよ」
「え、おかしくないこれおかしくない?べつにそんな異名承ってないんですけど私顎しゃくれてないし」
「心配しなさんな。俺ァべつに、なまえさんのことブサイクなんて思ったことありやせんぜ」


なまえさんがブスの類なら、世の中の女全部ブスになっちまうしなァ。私の言葉を全て無視して、沖田くんはほんとに、いつもみたいに鼻で笑うでもなく同情するでもなく、馬鹿にするでもなく、何にもないようにさらりと言った。……ん?なんだ、これ。いま、なにわたしなぐさめられたの?なんか自然すぎて危うく聞き流しそうになっちゃったんですけど。でも、思ったよりずっとずっと自然なその声はなんか落ち着いてたので、わたしは思わず沖田くんの、男とはにわかに信じがたい横顔を凝視してしまった。


「しかしなまえさんのケツ触るもの好きがいるとか世も末だねェ」
「やっぱ喧嘩売ってんだなそうなんだな」
「そんな酔っ払いに撫でまわされても、なまえさんのケツが貧相なのは変わんねーから安心してくださいよ」
「いや、なんでお巡りさんにまで貶されてるんだろう私、というかそれはセクハラでは」
「ほらほらァ、俺と酔っ払いオヤジのどっちを信じるんでィ」
「そりゃあ沖田くんだけど…ってなんか話の趣旨違くない!?」
「よろしい」


年下のくせに。なんだこれなんかわたし、なだめられた?満足そうに笑った沖田くんの横顔は、かぶき町のネオンに照らされてきらきらと光っていた。…フォーカス機能?あれなにこのなんか、こ〜い〜しちゃったんだ〜みたいなこの、流れは?しかもなんかいま、わたしの心臓ちょっと大きな音してない?トゥンク…みたいな。あれ、気のせいか?気のせいだよね。いや流れ的にもおかしいだろ。そんなわけない。まぶしすぎるネオンの醸し出す錯覚だ。わたしはなんだか混乱して、あまりにじっと沖田くんを見つめすぎていたらしい。視線に気付いたらしい彼はちょこっと口の端を釣り上げて、笑った。あ、いつもの笑顔だ。


「なんでィ。さっきからじっと見て。まさか俺に惚れちまったとか?」
「は!?どうしてそうなる!?ありえないありえない!」
「そうかィ。まあお望みならケツくれえ触ってやりまさァ」
「いや人の話聞いて!?誰がケツ触ってくれって言ったよ!」
「何でェ。残念だなァ」


ざんねん?わたしはまたぽっかりと口を開けて沖田くんをただ見つめていた。なんだろうこのなぞかけみたいな問答は?さっきからセクハラまがいの会話しかしてないんですけど。からかってんの?そうか、いつもみたいにからかってるんだなきっと。あれなんか鼻歌歌出したんですけどなんなのほんとなんなの!?相変わらずかぶき町のネオンはけたたましく、うるさくまぶしくわたしと沖田くんを照らす。歓楽街のこの街は物騒だから夜はあまり出歩きたくなんかなかったのに、なんか、こーいうのも悪くないんじゃない?とか思い始めちゃってる自分がいることに気付いて自分で驚いた。いやおかしい。だって私の乗ってるのパトカーだし。ケツ触るとか触らないとか言っちゃってるし。隣にいるのは沖田くんだし。…というか、それよりさっきからずっと気になってたことがある。


「…えっと、沖田くん?なんか明らかに警察署とは違う方向に向かってるような気がするのは気のせい?」
「気のせいでしょ」
「いやいやいやいや気のせいじゃないと思うんだけどだっていま警察署の前通り過ぎたじゃん!土方さん轢いてたよね!?」
「あー…急にこっちに移動になったんでさァ。警察署が」
「んなわけあるか!だから今あったでしょ警察署そこにあったでしょ!」
「うるせーなァ。ちょっと大人しく座ってて下さいよ」
「せめて警察ならよかったものをどこに拉致られるかもわかんないってのに大人しく座ってられるわけがなくない?」
「そりゃーほら、決まってるでしょ、ドライブですよオールナイトドライブ」
「なにそのオールナイトニッポンみたいなノリは!?お、降ろせー!拉致られる!警察官に拉致られるー!」
「どーせ逃げらんねーんだから、腹括りなせェ」
「ま、まさか最初からそのつもりで手錠かけたんじゃないだろうな…」
「ま、ちょっくら付き合ってくださいよ。絶対ェ損はさせませんからねェ」


そう言って笑った彼の顔が本当に楽しそうだったから、わたしは何を言い返すわけでもなくして黙った。遠くで土方さんの怒鳴る声が聞こえるけどだんだん小さくなっていく。わたしはもうなんだか全て諦めて、大人しく助手席の背もたれに背中をつけた。なんか、ついさっきオッサンにセクハラされて罵られてぶっとばし罵り取り押さえられ補導されたとかいう、一連の最悪な出来事すら忘れそうになった。かぶき町のきらきらしたネオンから少しずつ遠ざかるにつれて、綺麗な空に小さく光ってる星がみえる。…あー、もし、今日も普通にお勤めから無事帰宅してそんでお風呂入って倒れるように寝てて、不本意な手錠も沖田くんの運転するパトカーに乗ることもなかったなら、こんな景色も見ることなかったし、沖田くんがもしかしたら、本当にもしかしたらだけど気晴らしにこうやって無理やりだけど私を連れ出してくれたんじゃないか、なんて気付くことだってなかったな、と、ほんのりそんな、青春めいたことを思った。


「あーもういいや。こーなったらヤケだわ。まじでオールナイトしちゃうか!海行こうよ沖田くん、わたし海見たい!」
「あのねェなまえさん、これ一応パトカーなんですけど」
「勝手に拉致っといて今更何言ってんのよ」
「まァそれもそうなんですけどねェ。そっちのがなまえさんらしいや」


人生楽しまないと損だもんねー!と笑ったわたしに、「…やっぱなまえさん最高でさァ」沖田くんがまた、わたしの数百倍綺麗な笑顔。そうそう、そうしてりゃ年相応の、美少年に見えるのにね、と思って笑えた。そんなこと言ったらどんな毒舌が飛んでくるかわかんないから、言わないけど。


真夜中に走らせたパトカーから見る海の景色は最高で、隣で笑ってる沖田くんがいつもよりほんのちょっとだけ優しい笑顔をしていたことは、きっとたぶんずっと忘れないと思う。







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