小説 | ナノ



金のリボンをほどいてごらん





「名字さんって、忍足くんの何なん?」




頭の中で、港のヨーコ…、と懐メロが流れたことは私の心の中だけで留めておいたほうがいいだろうと、可愛い顔をこれでもかっていうほど歪めて私を睨みつける目の前の女の子を見て思った。折角の美人が台無しだ。それにここは港でもなければヨコハマでもヨコスカでもない。ここは大阪で、ただの四天宝寺中の何の変哲もない体育館裏で、目の前に仁王立ちしている別嬪さんたちの中にヨーコという名前の女の子はいない、と思う。たぶん。



「ちょっと、聞いとんの?」



いらいらをこれっぽっちも隠そうとしないで、栗色の髪の毛をキレイに巻いた女の子が言った。さっき、名字さんって忍足くんの以下略、のくだりを言い放った彼女だ。ヨーコではないにしても、花村だったか花崎だったか花沢だったかそのへんの、可愛い顔立ちに似合う名前だったような気がする。念のため言っておくと、別に私は彼女らに前もって呼び出されたわけでもなんでもなく、ただ掃除の時間にゴミを捨てるためにたまたま体育館裏を通りかかったところ、ちょっとええ?と呼びとめられて今に至るわけで。指先もキレイに彩った華やか女の子集団に比べて、ゴミ箱片手に提げたままのわたし。なんだかマヌケだ。えーと、それよりなんだっけ。私が忍足くん、イコール謙也の何かって?何って言われても。1年生のときからクラスが一緒で、委員会も一緒で、家の方向も一緒で、今は隣の席で、………それで?



「ちょっと仲良いからって調子乗んなや!」



バチーン、と乾いた音が響いて、頬がじわってして、あれこれ、もしかしてひっぱたかれた?と思うより先に女の子集団はくるりと背を向けて何事もなかったみたいに去って行った。質問した割に答えを待つつもりはなかったらしい。一体何だったのだろう。案外冷静な頭のわりに、じわじわ熱を持つ頬。しばらくぽかんとしていたけれど、終業のチャイムが鳴ると同時にはっと我に返った。そういえば、一緒に帰る約束をしていた。遅れると、待たされるのが嫌いな彼はまたぶつくさ文句を言うだろう。










「そんでな、そんとき財前が、」


さっきからずっと、喋り続けるのをやめない謙也に相槌を打ちながら見上げると、彼の表情はニコニコと非常に楽しそうだった。さっきまで、例によって10分ほど遅れた私に、遅い!と文句をぶーたれていたというのに。それにしてもよくしゃべるなあと思う。私は物静かなほうではないけれど、謙也みたいによく話すわけでもないから大抵聞き役に回る。謙也の話しは楽しいし、苦痛ってわけじゃないけれど。だけどこいつときたら、3週間前からずっとこんな感じだ。しゃべってしゃべってしゃべって、しゃべる。とにかくしゃべる。



「って、おい。聞いてんのか」



上の空だった私を見抜いたらしい謙也が言った。


「ああ、聞いてる聞いてる。財前くんでしょ」
「せやかてお前さっきから、うーんとかほーんとかしか言わへんやん」
「うーんとかほーんとか思ったんだもん」
「何か悩みでもあるん?」
「特にないけど」


あ、でも思い出した。とぽつりと言えば謙也は、うん?と首をかしげてみせる。





「名字さん、忍足くんの何なのさって言われた」




ぽかんと呆気にとられていた謙也だったけど、ダウンタウンブギウギバンドか!とすかさずツッコミが入るあたりいつもの謙也だと思う。こういうところは、いつもの謙也、なのになあ。


「いやいや真面目にな、なんなん、それ。そもそもうちの学校にヨーコなんておらんで」
「いやよく知らないけど、ゴミ捨てしてたら急に呼びとめられた」
「…で、何て答えたん?」
「何って…1年からクラスが一緒で、委員会が一緒で、家の方向が一緒で、席が隣で」
「はあ!?何でやねんそこはお前あれやろ、か、彼女やけど何か?って言うところやろ!」
「もうすぐ1か月経つっていうのに、キスどころか手も繋げないような彼氏を果たして彼氏と呼んでいいのかと思って」
「!!」


おまっ、謙也はみるみるうちに真っ赤になって、そりゃ、あれや、とか何とかもごもご何か言いかけていたけど、そのうちうつむいて何も言わなくなった。そりゃあそうだよと思った。だって謙也から真っ赤な顔して告白してきた割に、友達だったころと私たちは何も代わっていない。友達だってクラスメイトだって、私たちが付き合ってるなんて誰も知らないだろう。だからさっきヨーコさん(仮)の集団に、なんなのさ、って言われたのだ。彼女たちは、私が謙也の彼女であることを、謙也が私の彼氏であることをこれっぽっちも知らないのだ。


本当は少し、いや大分期待してたのにな。告白してくれたとき、舞い上がるほどに嬉しくて、これから今よりずっともっと、触れたり、触れられたり、もっともっと近い場所にいけるんじゃないかって。ちょっとくらい、そういう期待をしたっていいじゃないですか。そんな淡い期待を抱いた私がバカだったのか。だけどいつだって、こうやって一緒に帰ってもただお喋りしているだけの謙也は、あっけなく私の期待をなし崩しにしてしまうのだった。



「しょうがないよ、謙也ヘタレだもん」
「なっ!」
「本当のことじゃん」



だからあまり期待はしないことにした。今となっては気長に待つつもりでいる。自分から、なんてちょっと思ったりしたけど、やっぱり腐っても乙女心で、謙也から触れたり、もっと触れたいと思ってほしいと心の中でいつだって願っていたのだった。だけどヘタレで奥手な謙也も好きだし、そんな謙也だから好きになったんだし、まあいいか、なんて最近思ったりもしている。



「だからそういうのに、期待はしてないから大丈夫」
「…」
「おーい、謙也?聞いてる?」
「………で、」
「うん?」
「ヘタレで悪かったな」
「え」



ぐい、と顎を持ち上げられたと思ったら唇に触れるやわらかい感触。と、謙也の顔が目の前にあることに遅れて気づく。そこでようやく、キスされてるんだって分かった。唐突で、あんまりにも唐突すぎてびっくりして、目をつむる暇さえもなかった。あまりの急な展開についていけない。頭がぐるぐるしている。ちゅっ、と可愛い音を立ててから顔を離した謙也は、私がいままで見たこともないような、ひどく熱の篭った瞳で私を見ていた。どきり、と心臓が鳴ったのが聞こえた。




「期待してや」
「え、」
「俺やって色々我慢しとったんやぞ、アホ」
「が、我慢…って?」
「がっつきすぎたらあかんかなとか…まあ色々男の事情で葛藤があったっちゅー話」
「えと、謙也、」
「けどそこまで言われたら、黙ってられへんよなぁ?もうええやんな」



それになまえ、満更でもなさそうやし、と笑う謙也が、どうしようもなく、今まで見たこともないくらいに、「男の人」だったから。今度は私が何も言えなくなってしまってうつむいた。頬には熱が溜っていた。どうしよう、どうしよう。おかしいな、謙也ってへたれじゃなかったの?そもそも私、こんなつもりじゃなかったのに!謙也の指先がそっと伸びてきて、頬を包んだ。おとされる影を辿っておそるおそる見上げて、視線が合えば謙也は、にっこり、いや、にやりとも言える表情で微笑んだ。こんな顔するなんて聞いてない。そして宣戦布告みたいに、私の心の中にちょっと低めの声が心地よく響きわたる。ああ、だめだ、最高にどきどきする。






「もう、ガマンはせえへんで!」








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