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少年少女A




ああ、もう、ほんとうに煩い。とまれ、いや止まったらアカン。静まれ、静まれ。頼むから静まってくれ、俺の心臓。


「あの、忍足くん」
「、っは!?」
「あ、え、えーと、もうちょっとこっちきて大丈夫だよ、ほらここ、ちょっと空いてるから」
「や、ええよ、俺なら平気やから気にせんといて」
「え、でも腕、震えてるよ。辛いんじゃな、」
「いや!んなことあらへんから!まじで!テニスで普段鍛えとるし楽勝やでこんなん!」
「そ、そう…?」


名字さんはなおも心配そうに俺を見上げて「辛くなったら言ってね」言うから、ひたすら赤べこのようにかくかくと頭を垂れる俺。その上目遣いは反則やで。わざとやないってわかってるけど。目線はもちろん空を切る。だって、せやって、この状況はあかんやろ。まずいやろ。色々まずいやろなんかその、まず、俺の心臓が持ちそうにない。へたれやて?何とでも言えばいい。そして、理性的なものももちそうにない。


いま、俺たちがどういう状況にあるかというと。簡単に言えば体育館倉庫の中で何やわからん用具が仰山背中に乗っかって、手をついてひたすら耐える壁と俺の間には同じく身動きのとれないクラスメイト。名字さん。

事の発端は数十分前、文化祭の出し物の用具を探しに体育館倉庫に行こうとした手前、おせっかいな親友が「あ、名字さーん。手空いとるんやったらケンヤと一緒に機材取りに行ってくれへんかな」そう言ったことから始まる。「ば、白石…!」「うん、今こっち一段楽したところだから大丈夫だよ」文句も言わずにっこり笑ってついてきてくれた彼女にときめいたことは言うまでもない。それが、まさか、こんなことになるとは。ひょっとしてこれも白石の差し金か?いやまさか。そうだったら怖すぎる。

「あ、これじゃない?」
「…!名字さん、危ない、」
「え、」

文化祭のおかげでしこたま積んであった雑具が、バランスを崩して彼女の上に降ってきたのをとっさにかばって今に至る。身動きがとれず、下手に身体をよじれば押しつぶされること必須である。この体勢のまま、何分経ったかもう分からへん。そろそろ腕がしびれてきた。なんやこれ。何の少女マンガやねん。あれか?いちご100%とかのあれか?確かに健全な男子中学生にとってはきゅんとくるとこあんねんけどな、ちょっと、いままさかこの状況で俺は日本中の男子中学生の憧れの男、真中のポジションに収まったんか?そして名字さんは東城さんか?冗談きついわ!だって名字さんは東城さんより可愛いと俺は思う。


名字さんが息を吐いたのが聞こえてまたどきりとした。近い。…なんや、俺が押し倒してるみたいになってしもた、て、そんなわけあるかい、誰や今言ったやつ出て来いしばいたる、俺の心の声やっちゅーねん!そんな一人漫才を繰り広げる余裕も実はないのだが、そうでもしないと心を平静に保つのは無理そうやった。だって、往年ずうっと目で追っていたあの名字さんがいま、思い切って手を伸ばしたら触れられそうな位置にいる。こんな状況やけど、ちょっと、いやだいぶおいしいとか思ってる俺はアホやろか。まあ手え離したら押しつぶされるから伸ばせへんのやけど。あー、なんや近くで見てもやっぱ可愛ええなあ。長いまつげとか、陶器みたいな肌とか、ほんのり桜色した唇とか。何度触れたい近づきたいと思ったことか知れない。でもろくに話したこともあらへんただのクラスメイトやくらいにしか、どうせ名字さんは思ってへん。そんな俺とこんなことになって、迷惑極まりないに違いない。ほら、今も、何を喋ったらいいかもわからずただ、心臓の音だけ響かせているまったくへたれな俺がいる。


「忍足くん、」
「!な、なに?」
「…ごめんね」
「は?」
「私のせいでこんなことになっちゃって…迷惑かけて」


てっきり俺の煩悩がばれたかと思って焦って言えば、名字さんがしゅんとして、ほんとうに申し訳なさそうに、俺の気のせいやなかったらちょっと泣きそうに言うものだから、俺はあわてた。いや違うねん。迷惑とか、思ってへんし!むしろちょっとおいしいとか思ってるし!と大胆な発言ができるほど俺は出来た男やない。白石とか千歳やったら、ここでくどき文句の一つや二つさらっと言うてまうんやろけど。無理無理無理、絶対無理や。


「名字さんのせいやないて!気にすんなや、」
「優しいね、忍足くんは」


知ってたけど、と笑う彼女に俺はどんな顔をしていただろう。多分大層まぬけな顔。のしかかる重みや、腕に感じる痛みさえも感覚を失うほどの威力が、名字さんの笑顔にはあると思う。まぬけ面のままの俺は「は、」まぬけな声を発することしかできずにいた。俺のうぬぼれでなかったら、気のせいでなかったら。名字さんの頬がほんのり上気していることに、目が捕らわれて離せなくなった。え、ちょっと待ってくれ。それ、思わせぶりとかそういうレベルやあらへんで?俺やって健全な男子中学生なんやから。いいように解釈してまうで「あのね、」



「私ね、ほんとはずっと、もっと、忍足くんに近づきたいって、そう思ってたの」



こんなときに不謹慎だよね、ごめん。…かばってくれて、ありがとう。そう言って名字さんは、俺が好きになった、あの笑顔で笑った。頬を染める彼女を遠慮なくして見つめられるこの状況もなかなか悪くないが、体育館倉庫を出たら、その笑顔に触れてみても、怒られないやろか。もしかしたらもっとずっと近くで、笑ってくれるやろか。そんなことを思ったらどうにもブレーキがきかなくなったらしい俺の理性というやつがとうとうお空のかなたに飛んでった。だってこんな可愛い子が、ほっぺ赤くして、何やって?ずっと、俺に近づきたいって思ってたって伏し目がちに言うんやで?真中、おまえすごい男や。あないなええポジションにおるくせに甲斐性なし!とか罵ってすまんかった。この状況でも我慢を重ね、チューのひとつもせえへんかったお前はなかなか出来た男やと俺は思う。生憎、俺はそんなに我慢強い男やありません。


そして身動きのとれずにいる名字さんの唇をやわらかく塞いだ。









その後、なかなか戻らない俺たちを案じた白石によって無事に助けられた。

「お邪魔やったかなあ?」
「アホ抜かせ!死ぬか思うたわ…まさかあれもお前の仕業やあらへんやろな」
「んなわけあらへんやろ。それにな、俺は脈なしの恋をお膳立てするほどヤボやあらへんで」
「えっ」
「ほんま鈍感やなあ、自分ら」





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