小説 | ナノ




聖なる夜のこどもたち


※幼馴染、未来設定







もしそれまでにお互い恋人がいなかったら、一緒に過ごそ、来年のクリスマス。





幼馴染にかこつけて、去年の暮れにそんな約束を蔵とした。年が変わったその瞬間、わたしには彼氏と呼べるような存在はおらず、蔵にも彼女はいなくて、お互い寂しい一年だったねと蔵の部屋で「年越し酒」を煽っていた。蔵が寂しい一年を送っていた、なんていう証拠はどこにもない。勝手に私が寂しい寂しいとまるで酔っ払いのように部屋におしかけたことを覚えてる。今思えばなんてまあ無茶な約束をしたもんだと思う。

去年のクリスマスは、私は友達とパーティだったし蔵も高校時代の同級生と飲み会だったそうで、会えたのは結局年の暮れだった。幼稚園のころから顔見知りの私たちは、ごくまれに連絡をとるだけの関係だったが、それでも会えば昔の話に花を咲かせるし、最近起きた出来事で笑いあったりもする。そんなつかず離れずの曖昧な関係がずっと続くとは、私だって思っていなかった、けれど。


あの時、酔った勢いで口走った無謀な約束に、蔵は笑った。笑った蔵をじろりと睨んで、なにがおかしいの、とタチ悪くからんだ記憶がある。


「せやかて、俺彼女できてまうかもわからんで?」
「だから、彼女できなかったら、だってば」
「無理やろな〜、俺モテるし」
「ハイ出たよ自意識過剰発言」
「なまえこそどないやねん、彼氏できる予定あるん?」
「未来のことは誰にもわかんないじゃん!」


もともと笑い上戸なところがある蔵は、私の精一杯オブラートに包み隠したモテません発言に腹をかかえて笑い転げた。そんなに笑うことないだろう!と、ぎゃんぎゃん騒いで笑って、久しぶりに会ったとはまるで思えないほどしゃべり通して、年が明けて。気がついたら外が明るくて。どうやって帰ったのかとか、あんまり覚えてないけど。それでも確かに蔵は笑って、私に言った。ような気がする。



「ええで、ほんならそういうことで。来年のクリスマス。約束な」













それから一切蔵からの連絡は途切れ、私からも特に連絡することもなく季節は過ぎて、気がつけば街はイルミネーション一色である。今日は聖なるクリスマス。時が経つのは早いもの。風のうわさにきくところ、外国に留学に行っただの、大阪に戻っただの、蔵の消息は私には全くわからない。一度だけ彼の住むマンションの近くに行った時、インターホンを鳴らしてみたけれど、返事はなかった。あれからもうかれこれ一年近く、連絡を取ってない。

酒に酔った勢いで口走ったあんな約束、私はもう忘れてしまおうとしたのにいざその日が近づくにつれ街中にあふれる光でますます自覚させられる。未練がましく今でも心の奥に大切にしまっている。だけどもしかしたら本当はそんな約束自体していないのかもしれなくて、最後には私は酔いつぶれていたわけだし、蔵が笑って頷いたことも、一緒に過ごそうなんて、口にしたことも夢かはたまた妄想かも。

だって、その約束は本当はわたしがずっと叶えたかったことで、去年のクリスマスは、本当は蔵と過ごしたかったなんてそんなこといえなかったから。


ずっと好きだったなんて、そんなこと今更言えなかった。





会いたいなあと、大変今更なことを思って空を見上げて、はあと吐き出した息は白かった。何気なく通りかかった駅前の広場には沢山の人が待ち合わせをしていたり、恋人や友達同士がたくさんで、街全体が浮かれモードだ。べつに寂しいわけじゃない。…いや、嘘だ。寂しい。でも恋人がいないせいじゃない。そんなんじゃなくて、蔵が隣にいないせいだ。国民的なイベントはどうしてこう、人を感傷的にさせるのだろう。今まで離れていたって全然平気だったのに。今になって、会いたくて仕方ないなんて、なんて調子がよくてずるい。もしかしたら蔵だって、どこかでこんな風景を、わたしじゃない誰か別の女の子と見てるかもしれないのに。…べつの、誰かと。

街全体を包むほんのりとしたイルミネーションを、もう一度眺めた。今のままでも充分きれいだけど、蔵と一緒に見られたなら、どれだけ綺麗に映るんだろうと、神妙なことを思っていた、ときだった。







「お姉さん、誰かと待ち合わせ?」





マンガとかでよくありがちなセリフが耳に届いて、でも、ナンパなら他をあたってくれとは思わなかった。独特のイントネーションで、低くて甘くて心地いい声を、私は知っていたからだ。いやそんなまさか、と思って振り返って、周りの雑踏がすべて聞こえなくなった気がした。いや、そんな、まさか。そこにはおおよそ一年ぶりに会う、マフラーを巻いて肩をすくめて困ったように笑う、蔵がいた。これは幻覚?


「く、ら?」
「お前なあ、何時間待たせるつもりや。寒いっちゅーねん」
「え、でも、だって、... なんで?」
「なんでって、約束したやろ。去年の暮れ」


覚えてへんの?と、蔵がぶるりと大げさに震えて言った。きらきら、きらきら、街に灯る明かりが、優しく蔵をふんわり照らすから、本当に幻覚じゃないかと思った。だって。まさか。あの約束は、本当だったの?蔵が頷いたのも、妄想なんかじゃなかったの?


「で、でもなんでここに…」
「せやから、クリスマスの午後1時に駅前やって言うたやん」
「なにそれ全然知らない」
「…」


蔵は呆れたように、哀れむように、盛大にため息をついて私を見下ろした。また背が伸びたかなんて思うけどそれどころではない。1時に駅前?なにそれ。初めて知った情報だ。いやそれより、今何時?ばっと時計を見てみれば、もう夕暮れをとっくに過ぎて短針が7を少し過ぎたところ。え、それじゃあ蔵は、6時間以上もずっとここで待っていたということ?私の顔からざあ、と血の気が引いていき、蔵の表情がまた更に曇った。


「忘れとった?それとも、…彼氏と待ち合わせしとったか」
「か、彼氏なんていないです!そりゃもちろん約束は覚えてたけど、で、でもいつ時間なんて決め…」
「なまえがべろべろに酔っ払って寝こける前や」
「…すいません全っ然覚えてません」
「せやろなあ」


あんなに酔っ払っとったしな。まあしゃあないわ。はは、と、蔵が笑った。記憶が定かでなくなるくらい、私は酔っ払ってしまったらしい。な、なんてことだろう。私はうわああと頭を抱えるのに、対照的に蔵は腹を抱えた。さっき表情が曇っていたような気がしたのは、私の気のせいだったのだろうか。


「ご、ごめん蔵!... 怒ってるよね」
「まあなあ、寒い中散々待たされたしなあー」
「電話してくれたらよかったのに!」


もしかして私は携帯電話を忘れただろうかと慌ててバックを漁るけど、…あれ。ちゃんと、ある。着信もラインも来ていない。蔵は、ばつの悪そうな顔をしてから自嘲気味に笑った。


「この一年、何回もしよ思たけど、できひんかったわ」
「、なんで」
「…そんな約束、してへん言われんのが怖かったからや」


え、と、思わず蔵の顔を見上げる。聞いたこともない弱弱しい声は、本当に私の知っている蔵から発せられたものなのだろうか?こんなにうなだれたような蔵の姿を、私は知らない。待ってよ。だってそれじゃあまるで、蔵、わたしのこと、


「や、ちゅーより、なまえに彼氏できとったらショックや思て。今日もしなまえが来なくても、連絡するつもりあらへんかった。ある意味、賭けやった」
「それで、ずっと、6時間もずっと、待ってたの?来るかもわかんないのに?」
「しゃあないやろ」


もしかしたら来るんちゃうかーあと10分したら来るかもしれへんー、思て、未練がましく待ってたっちゅーわけや。我ながら情けないわ。…せやけど、


会えたやんな。ちゃんと。微笑んだ蔵に、信じられない、と、私は文字通り鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたと、思う。蔵が、一年ぶりやな、と言って頬を撫でた。触れられた瞬間のその指先は冷たくてそれでようやく実感がわいて、本当に会えたと思って、じわりと涙がにじんだ。蔵がぎょっとした顔をする。


「え、なまえ?どないしたん」
「バカ」
「は?」
「蔵のバカ。…っう、違う、私だ。ばかなのは」


うーっ、と情けない声を出して、ぼろぼろ流れる涙をぬぐうのも忘れて、私はにじんだイルミネーションに重なる蔵を思った。蔵、蔵。約束を、覚えててくれた。来てくれた。待っていてくれた。本当に、どうしようもなくばかなのは私のほうだ。


「なまえ…何で泣くん?」
「蔵、ずるい」
「えっ」
「私が、蔵のこと、ずっとすきだったって知ってて、やってるの?」


約束してくれたのも、年末の夜中に家に入れてくれたのも、覚えていなかったら怖かったと言ったのも、彼氏ができたら嫌だったって言ったのも、電話をくれなかったのも、待っててくれたのも、こうして、優しく涙をぬぐってくれるのも。わたしはきっとひどい顔をしているので俯いたままで、蔵の表情はわからない。だけど、一年前のあの時と変わらないやさしい声が降ってくる。


「…いや、知らんかったっていうと、嘘になるわ。けど」
「けど?」
「勘違いやったら嫌やから、何も言わんかった」


なまえ、覚えとる?年越す直前のこと。蔵の声に顔を上げる。直前?きっと私がべろべろになって、寝入る直前のことを言っているのだろう。当然覚えているはずのない私は、ふるふると力なく首を横に振る。「やっぱりな」呆れたように蔵がまた笑って、ぽんぽんと私の頭を優しく撫でる。うそみたいに、優しい。まるで、一種の奇跡みたいだ。クリスマスの、聖なる夜の奇跡。


「まあええわ、これからじっくり思いださせたる」


え、なんのこと、と私が言うより早く、優しくてやわらかくてあたたかい感触が唇に落ちた。ひゅう、という、誰かの口笛みたいなのが、遠くで聞こえた、気がした。鮮やかな色とりどりのイルミネーションはさっきよりもずっと輝いている。きらきら、きらきら。今年のクリスマスは、今までの短い私の人生のなかで最高のクリスマスになった。






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