小説 | ナノ



綺羅星スイマー



「…あーも、うっとおし」


気がつけばわたしは声をあげて泣いていた。なにも泣きたくて泣いてるわけじゃないというのに、目の前で心底迷惑そうな視線を送ってくるこの男のせいでわたしの目はまたもや大洪水を起こす。目の前で女の子がさめざめ泣いていれば、ちょっとは慰めたりしたっていいもんじゃないんですか?それがなんですか?うっとおしいってなんだよ。ねえ、おい、人のはなしを聞きなさいよ、おい。その視線はすでにわたしなんかに興味すらないように、宙を切ったのだ。このやろう。


「…あんた、泣いてる女の子に向かってやっと何か言ったとおもったらそれかよ」
「やっとって、無関係の後輩つかまえて何時間泣きっぱなしだと思ってんですか。俺まさに帰るとこだったんすけど」
「無関係だなんて冷たいこと言うなよ!同じ委員会じゃん!しかもまだ20分しか経ってないよ」
「20分もです」

ついさっき「ごめんな、俺彼女おんねん」と意中の彼の口から語られた悲しい真実は、わたしをまんまと悲しみのどん底に叩き落した。ぐっと飲み込んだ冷たい涙の味をどこかでひとりで吐き出したいと思っていたところに、図書当番の帰りらしい後輩を見かけたのでそのまま鍵がしめられたばかりの図書館に引きずり込み、今に至る。20分わたしは泣きっぱなしで、隣の後輩は20分間ため息しか吐いてない。なんの罪もなければ関係もない光にとっては迷惑どころの話ではないだろう。いつもの思考回路ならそんなことは百も承知だけど、今ばかりはそうも言ってられない。だって、かなしみが止まらない。


「泣き場所がほしかったんだよわたしは。光が帰っちゃったら鍵ないから入れないじゃん」
「じゃ、家帰るまで我慢してください」
「無理。涙腺破裂しちゃう」


光は呆れてため息をもうひとつついた。ああ、もう、なんで、よりによって今日の当番が光なんだ。安っぽい慰めなんか期待してないし、可愛くない暴言を吐かれるだなんて簡単に想像がつくのに、誰かにすがらずにいられなかったのだ、いまのわたしは。情けない。情けなさすぎる、そう思ったらまたぽろぽろと涙はとどまるところを知らないようにころがりおちて床に消えるのだ。あのひとに気を遣わせるような顔をさせたばかりか、隣にいる後輩にため息ばかりつかせる自分がなんとも情けない。全部私が悪かったです。私が悪かったよちくしょう、もう。すいませんね。


「ごめん、光。迷惑かけて」
「いまさら謝るんすか」
「うん、今更だけど…ほんとごめん」


顔をひざ小僧にうずめてみたけど視界が暗くなっただけで世界はなにもかわりやしないのだ。そんなことわかっていたけど、何も見たくなかった。それなのに、視界を閉ざせば自分のうっとかいう汚い嗚咽しか聞こえなくなったので余計に悲しくなった。逆効果、ってやつだ。わたしは相当の馬鹿かもしれない。失恋するとなにもかもが絶望的に見えるとは誰が言ったのだろう。まったくもってその通りだ。ノーベル賞あげたい。


「…そこまで落ち込まんでも。たかが失恋でしょ」
「光にとってはたかがかもしれないけど、わたしにとってはそうじゃなかったんだよ」


失恋したことがないのかどうか、光はきっと理解不能だという顔をしていたんだと勝手に想像する。そしてまたため息を深くつくんだと思ったら予想通り、さっきの何倍も大きなため息がふってきたのでわたしの絶望はまた大きく膨らむ。それは光のため息のせいなのか失恋のせいなのかもう全然わからなかった。ああ、もし、私がふられた直後に会ったのが光じゃなかったら今日彼に告白してなかったら恋してなかったら、こんなふうにさめざめ泣いて失意の底に転がり落ちるほど落ち込むこともなかったのだろうか?胸が痛くてもうはりさけそうだ。


「いい加減泣き止んでください。いつまで泣いても、俺は慰めたりせえへんで」
「なんでそういう冷たいことばっかり言うの光…あんたも私が嫌いなのか、そうなのか」
「はあ、ネガティブなんは勝手やけどここまできたらうざい通り越して迷惑すわ」
「ひ、ひどい…」
「嫌いじゃないから、」


慰めへんのや、俺は。むしろ、 本棚に寄りかかっていたはずの光がわたしの隣にしゃがみこんだのを知ったのは、宙に浮いた光の言葉をうっかり聞き逃しそうになって顔をあげたからだった。たいそう酷い顔をしているであろうわたしをよそに、光はとんがった鋭い、でも、まっすぐな瞳でわたしを見つめた。距離が近い。わたしの胸はさっきとは別の意味できしんだ。どきん、って、いったのだ。


「先輩が失恋してよかったって思っとります」
「は、なんで、」
「あんな男にとられたんじゃたまんないんで」


たかが失恋でしょ、なまえさん。早よう忘れてくださいよと早口で言った光の、今までの冷たい態度とか深いため息の意味が解ったのは、まるで繊細なガラスでも扱うような手つきで光がわたしの頬や目にこびりついたままの水滴をぬぐったときだった。また胸は痛くなった。どきりといった。ただし、やっぱりさっきとは別の意味で。…いや、待て。待て待て待って。おかしい、わたし、さっき別の男の人に盛大にふられたばかりだというのに、こんなのはおかしい。不条理だ、どうかしている。



「もし、一人で忘れられないんやったら、俺が手伝いますけど」



まあ、迷惑じゃないなら。と伏目がちに言った後輩の、赤に染まった頬の端を見て、思わず頷いてしまいそうになった心に気がついた。相変わらず心臓はひっきりなしに動いている。なにかがはじまりそうな予感がしたのは気のせいだろうか、と、考えるまえに頷いていた。






×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -