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君はスピカ



寂しくなければ恋愛できないというのは本当だと思う。だって私は今現在寂しくもなければ悲しくもないし、隣に寄り添う誰かを求めているわけではない。すなわち今現在私は恋人募集中の身などではないのだ。


「なんでやねん」


なんでやねんと言われても。私の前の山田くんの席にどかりと腰かけてぶすっと擬音がつきそうな程度には不機嫌な表情をしたまま、金髪の少年は言った。ハタから見たらただの不良な金髪少年、もとい忍足謙也は私が導き出して告げた答えがひどく気に入らなかったらしく、さっきからしつこく押し問答を続けている。次、移動教室なんですけど。


「試してみなわからへんやん」


いや、だからそう言う問題じゃないんだって。何度言ったらわかってくれるのだろうこの金髪くんは。何度目かわからないため息をついたら、それが彼の機嫌を余計に損ねたらしくジロリと睨まれた。別に怖くもなんでもないのだけど、私にとってはどうして彼がそこまで拘るのかがまったくわからないのだから、生憎ご機嫌取りのような愛想笑いをしてやる気は毛頭ない。



「一体どこが不満なん?あいつの」


あいつ、というのは、忍足謙也が往々にして仲良くしていた友人のことだった。去年のクラスメイトだか何だか知らないが、顔の広い忍足にとっては、学年中、いや学校中の生徒全員が親しい友人だと言ってしまっても過言ではないだろう。だから友人らしくおせっかいを施す。今年初めてクラスメイトになった私なんかよりも、1年の時からの友人である彼のほうが大切だということは、わからなくはない。そしてその友人が好いているという相手が自分に何かしらの縁があったなら、取り持ちたいと思うこともまあ、彼の性格からしてみれば至極当然のことなのだろう。そこまでは、わかる。百歩譲って理解できる。でも、理解するのと納得するのでは全然違う。


「ええ奴やで。運動もできるし、友達思いやし」


両者一歩も引きさがらない。ノーの答えを出し続ける私の心情が、忍足には分からないらしい。付き合ってみなければ、いいも悪いも分からないだろうというのが忍足流の恋愛学らしい。だが彼がいくらいい奴だろうが運動ができようが友達思いだろうが、そんなことは私には塵ほどの関係もない。そんなに好きならなぜ自分から告白してこないのだ、という決定打を打たないのは、そう言ってしまえば忍足が自分が施してしまったおせっかいについてひどく後悔し、罪悪感に苛まれるであろうことが目に見えてわかっているからだった。たぶん協力すると言い出したのは、忍足のほうだろう。



「なっ、友達からでもええから仲良うしてやってくれへん?」



冗談じゃない。忍足は恋愛をしたことがないのかもしれない、というのは人のことを言えないくらいに至極おせっかいな考えだとは思うけれど、妥当だと思う。望みのない相手に望みを持たせることがどんなに辛いことか、この金髪はミジンコ一匹程度も分かっちゃいない。だからこそ私はノーと言い続けるのに、その理由もわかっちゃいない。「あのね、忍足」分かろうともしない。だって私は忍足にとって、ただのクラスメイトでしかないのだ。そんなの、ずっと前からそうなのだ。ずっとそうで、きっとこれからも私たちはただの「同じクラスのただの友達」なのだ。残念ながら、先がはっきり見えている私の恋愛の未来には、ばら色や希望の光は存在しない。



「あんたが私の傍にいる限り、私は誰とも付き合わないよ」



なのにどうしてお互いこんなに拘るんだろうね。寂しくなければ恋愛できないというのは本当だと思う。だって私は今現在寂しくもなければ悲しくもないし、隣に寄り添う誰かを求めているわけではない。私はただ、何も考えず切羽詰まった瞳を、私ではなく友人のために私に向けるこのおせっかいな金髪を、誰よりも何よりも欲しいと思っているだけなのだ。分かりやすく焦ったような顔してから、忍足は口を開く。



「…なんでやねん」



さあ、なんでだろうね。こんな風に突き放しても、忍足が私から離れていくことはないって分かってる私は大概たちの悪い女だと思うけど、恨むならこんな女につかまってしまった、いつまでも煮え切らずにいる自分を恨んでよ。分かんないんだったらずうっと考えていればいい。何も知らない鈍感でおせっかいな忍足謙也。そうやって私のことだけずっと、考えていればいいんだ。






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