小説 | ナノ




許さないで心臓




「名字さん、俺と付き合うて!」
「いやだ」



うるさい、しつこい、聞き飽きた。もう一体何回このやりとりをしたか分からない。だけどこの男、しつこく、それはもうしつこく、Gから始まる人類の敵なあいつ並みのしつこさを備え持っていた。


「せやからなんで!?」
「別にあんたのこと好きじゃない」


一週間前から毎日、こんな感じ。そしてわたしは毎日、NOの答えを出している。そりゃあ初めは私も、ちょっとは申し訳ないと思いつつ丁重に、「ごめんなさい、私あなたのことよく知らないので付き合えません」と言ったのだけど、思いのほかこの男はしつこかったのだ。だから最近はもうばっさりと、普通の男だったらとっくにめげてるであろう返事を返しているのにこいつときたら。つれへんところがまたいい!とか。意味がわからない。いい加減うんざりしてきた。それに風のうわさで、前もこいつは別の子にこんなことをしてたと聞いた。その子は軽い気持ちで付き合ったらしい。そして2週間で別れたらしい。あっけなさすぎる。


「なあ!ええやんお試しってやつで、難しく考えんと!」
「私そういうの嫌だから無理」
「なんでそんな頑ななん?あ!もしかして彼氏おるとか?」


えー聞いてへんでー!とちゃらちゃらした口調で馴れ馴れしく言うこの男。さすがの私でももう無理だ。一発殴っても罰はあたらないでしょうか?彼氏だぁ?そんなもんいるわけないし別にいらないんだよ!大きなお世話だ!そう思ってぐっと拳を握ったところだった。



「そんなもの―――、」



待てよ。もしここで、彼氏なんていないと馬鹿正直に言ってしまったら、さらにこいつのしつこさは増すんじゃないだろうか。だったら俺が彼氏にーとかまたくだらないことを言い出すんじゃないか?それだったら、実は彼氏がいるのと言ったほうがこいつも諦めるんではなかろうか。ここまでのひらめき、推定わずか0.002秒。四天宝寺の秀才と謳われる金色小春もびっくりの速さだ、と思う。たぶん。よしきた、これだ。



「いるよ、彼氏」
「えっ!!?だっ、誰!?」
「忍足謙也」


なぜここで謙也の名前が飛び出したのか、実を言うと私にもよくわからない。でもなんとなく頭に浮かんだのが謙也だった。謙也とは一年生のときからのクラスメイトだし、軽口をたたき合うくらいには仲が良い。謙也自身も友達が多いほうだし、なによりとってもいい奴だ。もし名前を使ったのがばれても、ちょっとびっくりされる程度でそこまで大事にはならないだろう。笑って許してくれる気がする。


「ま...まじで...?」
「マジマジ大マジ」


男はよろめいて、何かぶつぶつ言っていたと思ったら、だっと向きを変えてダッシュして廊下のかなたに消えた。これでやっと解放された!心なしか肩も軽くなった気がする。これでもう二度と、しつこく言い寄られることはないだろうよ!ざまあ!謙也ありがとう!と、勝手に名前を拝借した友人に心の中で呟く。明日、お母さんが通販で買った商品にオマケでついてきたプレミアム青汁粉末をあげようと思う。私は青汁が苦手なのだ。










「一体どういうことやねん」



翌朝。教室に入って席に着くなり謙也が私の机までやってきて、低くうめくように言った。心なしかばつがわるそうな、複雑そうな顔をしている。


「なんだね。おはようもなしかね忍足くん」
「ムアンギのモノマネはええねん!どういうこっちゃって聞いてんねん!」
「どういうこっちゃって、なにが?」


謙也はちらりとクラス子たちのほうに視線をやった。私もそれを追う。そういえば、さっきからなんか見られてるような気がする。そしてこっちを見てなんかこそこそ言われてる気もする。「ほら、やっぱほんまなんや」「やっぱりなあ」とかなんとか。なんだ、私か謙也の顔に何かついてるの?そう思って謙也の顔をじっと凝視したらうぐ、と呻いた謙也はさっと視線をそらしてしまった。一体何なんだ。


「聞いてへんぞ」
「だから、何を?」
「やから、その...おっ俺と、おまえが...!」
「え、なに?はっきり言いなよ」




「つ、付き合っとる、って」




ぼそりと蚊の鳴くような声で、うつむいたまま呟く謙也をぽかんとして見つめた。


「......はあ?」
「はあ?はこっちのセリフや!!朝来たらそこらじゅうのやつらから質問攻めにされてんねん!」
「いやそんなの知らな、......あ、」


思い当たるところがないわけでもなかった。というか、アレだ。アレしかない。あいつだ。あの男がゴシップばりに学校中に言いふらしたのだ、そうに違いない。やっぱりあいつはくそだった。一発いや百発くらい殴っておけばよかった。わなわな拳を震わせていたら、ガシッとその手を謙也に握られた。というか、掴まれた。やばい、もしかして、怒られる?


「あのー、謙也、ええと、これには深い事情が」
「なんで今まで言わへんかったん?」
「いや今までっていうか、つい昨日の出来事だったもので、」
「こんなことならもっと早く言えばよかったわ」
「う、うんもっと早くね...って、え?」
「俺だけ好きなんかと思っとった」
「......は?」


思考が止まった。いやいや待って、何のはなし!?謙也はガバリと顔をあげると、きらきらした目で私を見つめた。頬と耳はほんのり赤くなってて、口元はちょっと緩んでる。え、え、え、ちょっと。いったいどういうこと。


「なまえはほんま、分かりづらいねん!好きなら好きって言いや」
「え、いや、あの、謙也?」
「まあええわ、長年の想いが実ったわけやし」
「え、えーと...」


長年の?なにそれどういうこと。聞いてないんですけど。と頭が軽く、いやだいぶパニックを起こしてぐるぐるしていてついていかない。謙也は謙也で嬉々として周りのヒューヒューだか朝っぱらから熱いねんだかって冷やかしに、自分ら嫉妬すんなや!とか笑って答えているし。ちょっと待ってよ。なにそれ、謙也って私のこと好きだったの?というか、私って謙也のこと好きだったっけ?混乱しすぎてよくわからないけど、心臓の音だけ大きく響いていた。一週間前から、どれだけアタックされてもこれっぽっちも響かなかった音が、今ではこれでもかっていうくらいにうるさい。





「改めて、これからよろしゅうな、なまえ!」




にこっと音が付きそうなくらい、それはそれはもう嬉しそうな満面の笑みで言うものだから、なんだか弁解する気もなくなってしまった。ていうか、あれ?私、なんて弁解しようとしてたんだっけ?





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