小説 | ナノ




いつかの幻


※製本「遠雷」の冒頭部分です





「すみません」




日曜日のよく晴れた日だった。昼下がりの、客足も落ち着いてきた喫茶店で、一番奥のソファーに座っていた男性客に呼ばれた。エプロンのポケットに差し込んでいた黒いレザーの伝票板とボールペンを片手に席まで向かう。それほど広くない店内には彼の他に、新聞を読んでいる常連の中年男性と、イヤホンをしながらパソコンに向かっている若い女性しかいなかった。


「はい、お待たせしました」
「同じものをもう一杯お願いします」
「承知いたしました。少々お待ちください」


ありがとうございます。そう言って微笑んだ彼は、私が踵を返すまでなぜかじっと私の顔を見つめていた。いつも日曜日のこの時間にやって来て、コーヒー片手に本を読んでいる人だ。整った顔立ちと落ち着いた雰囲気、店員への丁寧な応対が好印象で、バイト仲間の間でちょっと有名だった。私も何度か接客したことがあるけれど、確かにいつも愛想がよくて礼儀正しくて、そして確かに端正な顔立ちをしているなあと思っていた。


オリジナルのブレンドコーヒーを、プレーンなコーヒーカップに注いで彼の席まで運び「お待たせいたしました」音を立てないようにテーブルに置く。彼はその様子をまたじいっと音がでそうなほど熱心に見つめていた。何か追加注文があるのかと思い口を開きかけたとき、それよりも早く彼が形の良い唇を動かした。


「あの、この後お時間ありますか?」
「え?」
「あなたとお話がしたくて」


もうすぐ上がりでしょう?にこにこと人当たりの良い笑みを崩さないまま彼は言う。え、あなたって私のこと?しばらくぽかんとしていたけれど、周りに人はいないし彼は私を見つめている。我に返って思わず手元の時計を確認してしまった。確かにもうすぐ上がりの時間だけれど、でもどうしてこの人がそれを知っているのだろう。そして、お話って。


「あの、」
「あ、心配しないでください。ストーカーとかそういうんじゃありません」
「はあ...」


私はうまく現状を飲み込むことができなくて、相変わらず歯切れの悪い回答しかできずにいた。このお客さん、穏やかな好青年だと思っていたけど意外と軽いのかな。軽い男に弄ばれるなんて絶対にごめんだ。ここで働き始めてから何度か声を掛けられたりしつこく付き纏われたこともあるけれど、経験上、ナンパしてくる男にろくな人間はいない。私たちの様子に気づいたらしいバイト仲間が、チラチラとこちらを見ているのが分かって、とりあえず大事になる前にこの場を納めてしまおうと思って小声で囁くように言った。


「申し訳ないですけど、お断りします」
「迷惑ですか?」
「いや、迷惑っていうか、私あなたのこと知らないし...」 

ああ、と納得したのかしていないのか、一瞬視線を宙に浮かせて彼は呟いた。でもそれはほんの一瞬の間だけで、また真っすぐに私の瞳を見つめたので、目をそらすこともできなくて思わず見つめ返してしまった。落ち着いた深い茶色の、綺麗な瞳だった。


「僕のこと、覚えていませんか?」
「え?」
「まあ、無理もないですよね」


 そう言って笑った彼の顔はほんの少しだけ寂しそうで、ちくりと罪悪感が胸を刺す。慌てて記憶を遡ってみたけれど、やっぱり全く思い当たらない。だいいち、こんなに感じがよくて顔もスタイルもいい知り合いがいるなら忘れるはずもないし、人違いじゃないですか、と言おうと口を開いたのを彼が遮った。


「大和祐大です」
「えっ?」
「青春学園中等部に通っていました」


大和祐大。聞き覚えのある名前に思わず目を見開いたら、少しだけほっとしたように彼が表情を緩めた。その笑顔にも、確かに見覚えがあった。でもその姿は、私の記憶の中の彼とはかけ離れていたから頭が混乱している。そもそも、彼の見た目からして大学生くらいだろうと思っていたのに、同じ年だとは思わなかった。そしてまさか、中学時代の同級生だなんて。


「思い出してくれたみたいですね」
「...ほんとに大和くん?」
「はい」
「えっと、ずいぶん変わったね」
「うーん。色々ありました」
「いろいろって、」
「その話は後でゆっくりさせてもらえませんか?」


 いろいろで片付けられるような変化じゃないような気がする、と思っていたら、彼、もとい大和くんがそっと私の手に触れたので、驚いて心臓がちょっとだけ跳ねる。表面上穏やかに聞こえるその言葉はなぜか、私に選択肢は与えない、と言っているような気がした。大和くんがちらりと店内の時計に目を走らせる。気がつけば上がりの時間まで、あと数分になっていた。






「...ほんとに待ってたんだね」
「もちろん。お疲れ様です」


あれからミーハーなバイト仲間たちに詰め寄られ、羨ましがられ、事後報告よろしく、とさんざん茶化されながら送り出されて、店を出たすぐの道脇に大和くんが立っていた。まさか本当に待っているとは、と思ったけれど、大和くんはまるで当たり前だというかのように笑顔を見せた。本当に、私の知っている彼だといまだに思えなくて、不躾だと思いながらも頭から爪先まであからさまにじろじろと眺めてしまった。


「どうかしましたか?」
「えっと、本当に大和くんなの?」
「そうですよ。まだ信じられませんか?」
「だってその、何というか。だいぶ印象が違うから」


私の記憶の中の大和くんは、確か黒髪で眼鏡をかけていたと思うんだけど。目の前にいるこの大和祐大だと名乗る彼は、明るめの茶髪で片耳にピアスが空いていて、どうしても同一人物だとは思えない。でも、いま思い返してみれば確かに、接客した時の丁寧な仕草とか言葉遣いとかそういう所作は、うっすらとした私の記憶の中の大和くんとなんとなく似通ったものがあるかもしれない、とは思うけれど、記憶の中の彼もかなりぼんやりとしていたから、うまく思い出すことができなかった。それもそのはずだと思う。だって。


「びっくりした」
「驚かせてしまってすみません」
「だって、あのころも全然話したことなかったよね」


名前を告げられ、薄ぼんやりとした記憶の中からようやく思い出せるような関係だった。クラスが一緒になったこともなければ、委員会も別々だったし共通の知り合いもいない、ただの同じ学校の同じ学年の生徒だった。強豪テニス部の部長だからもちろん存在は知っていたけれど、言葉を交わしたことだって一度あるかないかだと思うし、私は彼の下の名前すらおぼろげだった。それなのに、よく彼が私のことを覚えていたなと思うほど私たちには接点がないし、卒業してしまってから、再会するなんてこれっぽっちも想像していなかった。だから、彼に呼び止められたのも話をしたいと言われたのも、こうやって今、実際に彼と向かい合っているこの状況がいまだに不思議で仕方がない。


「そうですね。当時そういった機会はあまりなかったですね」
「それなのによく覚えてたね、私のこと」
「はい。たまたまこの駅で降りたときに、似た人がいるなと思っていたら、この喫茶店に入って行くのが見えたんです」
「それって、いつの話?」
「ええと、三ヶ月くらい前だったかな」


確か大和くんがうちのお店に通い出したのが三ヶ月くらい前だったような気がする。そう考えたら、きっと嘘はついていないのだろうとは思う。でも、知り合いならどうしてもっと早く声をかけてくれなかったんだろう。相手は自分のことを知っていたのに、全く知らない人だと思って接客していたのが、なんだか恥ずかしくなってきた。


「もっと早く話しかけてくれればよかったのに」
「いつもとても熱心に仕事をしていたので、邪魔したくなかったんですよ」
「そうなの?」
「ええ。それより、よかったらどこかでお茶でもしませんか。立ち話も何ですし」


もちろん僕が奢ります。そう言って微笑む大和くんを見て、奢る奢らないを抜きにしても、見た目が著しく変化した昔の同級生にちょっとだけ興味が湧いてしまったのは嘘じゃなかった。何せ卒業してしまってから青学時代の友人とはあまり連絡をとっていなかったし、こうして出会ったのも何かの縁だし、何より勝手に軽い男のナンパだと思って警戒してしまった自分が恥ずかしくて、申し訳ない気持ちになっていた。せっかく話しかけてくれたのだから、お茶して話すくらいいいんじゃないかと思って頷いて、少し歩いた先にあるコーヒーショップに向かった。








「本当にこれだけでよかったんですか?」
「うん、そんなにお腹すいてないから。奢ってくれてありがとう」


一番小さなサイズのカフェラテを頼んで、窓際の席に座る。お腹が空いているならケーキやデザートも、という大和くんの申し出を丁重にお断りして、お言葉に甘えて飲み物だけご馳走してもらうことになった。お会計もスマートだったし、僕がお誘いしたんですから当然ですよ、と何でもないかのようにさらりと言ってしまえるくらい、もしかしたら大和くんはこういうことに慣れているのかもしれないな、とぼんやりと思った。


「カフェラテが好きなんですね」
「うん、今のお店もカフェラテが好きで選んだんだ。大和くんは、いつもオリジナルブレンドのストレートだよね。ちょっと深煎りの」
「覚えててくれたんですか?」
「だって、ほぼ毎週通ってくれてるから。さすがにもう覚えるよ。スタッフ全員知ってるかも」


ああ、そうなんですね。まいったなあ。照れたように大和くんが頭を掻いた。その姿がちょっと少年っぽく見えて、思わず笑いを漏らしてしまった。そんな私の様子を見つめていた大和くんの視線が、一瞬優しくなったのに気づいてしまったら、まるで考えを読まれているみたいでなんだか恥ずかしくなってきて、カフェラテを啜って話を本題に戻す。


「そういえば、大和くんはどうして私に話しかけてくれたの?」
「え?」
「今までずっと話しかけずにいたのに、今日は何かきっかけがあったのかなって思って」


仕事を邪魔したくないなんて実は建前で、もしかしたら、いままでは静かに本を読みたいから知られないようにと声をかけずにいたのかもしれない。もしそうだとしたら尚更、どうして今日はあえて声をかけてくれたんだろうと不思議に思っていた。さっきまでにこやかに話してくれていた大和くんが、一瞬だけ口元を引き結んで黙り込んだのに気がついてしまって、言いたくなければ言わなくていいよ、と慌てて口を開こうとしたときだった。


「初めは、僕に気がついていないようだったし、見ているだけでいいと思ってました」
「えっ」
「でも、もっと近づきたくなって」


大和くんが顔を上げて、真剣な瞳がぶつかる。表情はとても真剣だけど、その眼差しはやっぱり優しかった。一瞬何を言われているのか理解できなくて、ぽかんとしたまま瞬きを繰り返す。大和くんは小さく息を吐いてから、またふんわりと笑った。



「もっと君のことが知りたくなったんです」



机に無造作に置かれたままだった私の手に、そっと大和くんの手が重なった。さっき喫茶店で、私を引き留めた時みたいに。さっきは一瞬だったからよくわからなかったけど、重ねられたその手は大きくて温かくて、少しだけごつごつしている男の人の手だった。

ぶわりと一気に体温が上がって、振り払うようにあわててその手を引っこ抜いてテーブルの下に隠す。心臓が慌てて激しく音を立てている。


なに?いま一体何が起きたの。もっと知りたいって?大和くんが、私を?


「じょ、冗談だよね」
「冗談を言っているように聞こえますか?」


ようやく絞り出した蚊の鳴くような頼りない声に返ってきたのは、予想していたよりもずっと真剣な声だった。いくら経験が少なくて、だめ男ばかりに言い寄られてきた私でも、その言葉の意味ならわかった。真意は分からないけれど、少なくとも私に好意を抱いていてくれているのかもしれないということは。そしてそれはたぶん、冗談でも騙しているわけでも、嘘でもないんだっていうことだけは。


でも、どうして私なのかさっぱり分からなかったし、さっき再会した相手に対していきなり、はいそうですか、なんて受け入れられるはずもない。だって、私がいま大和くんのことをどう思っているかと聞かれたら、正直どうも思っていない。久しぶりに再会した昔の同級生。ただそれだけだ。テーブルの下で握った拳が、じんわりと汗ばんでゆく。


「確かに、久しぶりに会った相手にいきなりこんなことを言われても、信じられませんよね」


しばらくの沈黙の後、気まずい空気を打ち消すかのようにして大和くんが明るい口調で言う。大和くんの方を見ることができないまま、どうしていいかわからない私は、カフェラテのカップをただただ見つめることしかできなかった。


「どうしたら信じてもらえるんでしょう」
「どうしたらって...」


ちらり、と目線を上げたら思いっきり視線がぶつかってしまって、思わずかっと顔が赤くなった。いや、これはただの反射だ。好きだからとかじゃなくて、告白まがいなことを言われて、ただ恥ずかしいだけ。そう言い訳したかったのに、必死に言い訳するのもなんだか違う気がして、やっぱりどうしていいかわからず視線をうろうろさせていたら、ふと笑う声が聞こえて思わず再び大和くんの方を見てしまった。


「真っ赤ですよ。かわいいですね」
「......大和くん、やっぱり変わったよね」
「見た目の話ですか?」
「見た目もだけど、そんなこと言う人だったっけ」


私が覚えているかぎり大和くんの印象は、テニス部の部長で、とても真面目で責任感があって、軽々しく女の子にそんなことを言うような人じゃなかったような気がする。まだ卒業してから数年しか経っていないけれど、やっぱり人間見た目が変わったら中身も変わるんだろうか、と考えていたら、なんだかだんだん冷静になってきた。


「君は変わりませんね。見かけたとき、すぐにわかりましたよ」
「それは、嬉しいような悲しいような」
「もちろんいい意味ですよ。変わらないけれど、よりいっそうきれいになったから、少しだけ焦りました」


何でもないようにさらりと言うものだから、今度は照れている暇がなかった。たぶん、いや、絶対に。変わったんだ、大和くんは。そういう、女の子がそわそわしてしまう台詞を、息を吸うように言えるようになったんだ、きっと。そうでないと、記憶の中の彼とのギャップを考えて混乱するし疑心暗鬼になるし、いちいち真に受けていたら身が持たないような気がする。


「あ、ありがたく受け取っておきます」
「本当にわかってますか?」
「わかってるよ」
「ほんとに?」
「......どうしてそんなこと聞くの?」
「分かってもらえるまで何度でも言おうかなと」
「わかった、わかったから」


全然わかってないですよ。そう言って楽しそうに笑う声が、なんだかやっぱり私のことをからかっているように聞こえて、たぶん反応を楽しんでいるんだろうなと分かったらやっぱりからかわれているんじゃないかと思えてくる。何だか、うまく手の上で転がされているような気がする。そんな私の心中を知ってか知らずか、大和くんが言葉を続けた。


「さっき、僕のことを知らないからと言ってましたよね」
「う、うん」
「僕とデートしてもらえませんか?」
「えっ!?」


思いも寄らなかった単語に驚いて、思わず大きな声をあげてしまった。デート?デートってあのデート?どうしてそうなった。そんな話してたっけ、とまたしても急な展開についていけないままの私を見て、断られると思ったらしい大和くんが、慌てたように口を開く。


「すみません。迷惑をかけるつもりはないんです。でも、考えてみてもらえませんか」
「そ、そんなの急に言われても、」
「友達からでも駄目でしょうか」
「友達、って」
「とりあえず、一度一緒に出かけてみるっていうのはどうですか?」


もし、諦めるにしてもだいぶ時間が掛かってしまいそうですけど、それは許してください。大和くんが眉を下げて笑う。ず、ずるい。そんな風に見るからにしゅんとして言われたら断るに断れないじゃないか。それに、もし何かの間違いだったと諦めてもらうとしたら、早い方がお互い良いような気もするし、なにより私に恋愛感情がないにしても、正直言うと大和くんのことを生理的に受け付けないというわけでは決してなかった。むしろ、はっきり告白はされてないとはいえ、こんな風に直球を投げられて揺らがない人間がいたら見てみたい。


「......友達としてでいいなら」
「本当ですか、よかった」
「ほんとに、友達としてだから!デートとかじゃなくて」
「確かに、いきなりデートだなんてちょっと急ぎすぎちゃいましたね。友達としてでも充分ですよ。さあ、そうと決まったら早速日程を決めましょう」
「え!?早すぎない?」
「善は急げっていうじゃないですか。君が心変わりする前にね」


あっけに取られたままの私を置き去りにして、さっきのしゅんとした様子とは打って変わって表情を輝かせた大和くんが、携帯を取り出して何か調べてから、映画はどうですか?と言って笑った。映画かあ。確かに映画だったら、映画を見ている時間は話さなくてもいいから気まずくならないし、その後の会話も共通の話題もあるから楽しめるかもしれない。それに、ちょうど見てみたい映画があった。偶然にも大和くんが見たいと思っていたという映画が同じものだったので、そのまま時間を調べて来週の土曜日の昼の回に行くことが、あっという間に決まってしまった。


大和くんと再会してからまだ数時間しか経っていないのに、怒涛すぎる展開にまだ若干ついていけていない。こうも順調に決まってしまっていいのか、という心の内が顔に出てしまっていたのか、諭すように大和くんが言った。


「そんなに複雑そうな顔をしないでください。気軽に行きましょう、友達として」
「あの、展開が早過ぎてついていけてないんだけど、」
「そのうち慣れますよ。ああ、もうこんな時間ですね。そろそろ帰りましょうか」


そのうちって何だ、そのうちって。まるでこれからもこんな展開が待ち受けているるみたいじゃないか、と思ったけれど、その言葉は飲み込んで、トレイを手に立ち上がった大和くんの後を追った。気がついたらずいぶん時間が経っていたようで、カフェには西日が強く差し込んでいた。駅前は家へ向かう人の群れで混み合い始めている。


「僕は電車なので、今日はここでお別れですね」


本当に家まで送らなくていいんですか?と何度か聞かれたけれど、まだ陽が落ちるまでには時間があるし、何より家を知られるのはまだちょっとだけ怖いような気がするのを心の奥底に押し込んで、駅から近いから大丈夫だよと言って笑った。


「そういえば、大和くんってどこに住んでるの?ここから近い?」
「そんなに遠くはないですよ。どうしてですか?」
「たまたま降りたときに私のこと見かけたって言ってたから、この辺あんまり来ないのかなって思って」
「そうなんですね」


ふと視線を止めた大和くんが何も言わなくなって、口元に手を当てた。特に疑問も持つこともなく、大和くんの次の言葉を待っていたけれど、しばらく経っても何も言わない大和くんを不思議に思って視線を向けてみたら、指の向こうに覗いた口元がふにゃりと少し緩んでいるのが見えた。


「なに?なんで笑ってるの?」
「いや、すみません。ちょっと嬉しくなっちゃいました」
「え?」
「少しは僕に興味を持ってくれたのかなと思って」


こんな些細なことで、そんなに嬉しそうに笑わなくたっていいのに。全くそんなつもりはなかったのに、なんだか急にこっちが恥ずかしくなってきて、熱を持った頬を誤魔化すようにその大きな背中を改札の方にぐいぐいと押しやった。


「あくまで友達としてだから!これが普通だから」
「はいはい、わかってます。今日はありがとうございました。また連絡しますね」

 
改札を通り抜けても大和くんは何度か振り返って私に手を振ったから、その姿が見えなくなるまでその場から離れられなかった。どっと疲れが襲ってきて、今日の一連の出来事を振り返ろうとしたけれど、最初から考えようとしても、まだ頭がこんがらがっているのでやめて、足早に帰路に着くことにした。


いったいこの先どうなってしまうんだろう。いまだに宙に浮くような感覚が身体中を取り巻いていて、足取りはそわそわしている。家についてご飯を食べて、お風呂に入ってベッドに倒れこむようにして寝転んでからも、なんだかずっと落ち着かなかった。








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