小説 | ナノ




春の匂いがする


※イベントで配布したフリーペーパーです




 鈴木惷は寝相が悪い。そして寝起きもすこぶる悪い。一度寝たらなかなか起きない上に、休みの日は気が済むまで寝ている。


「ねえ、朝だよ。ていうかそろそろお昼なんだけど」
「...あー?休みの日ぐらいよかっと...」
「くっ、くるしい......」
「んー、あと五分...」
「寝ててもいいからせめてこの腕を放して、」
「いやだ。放さん」


 寝ぼけた惷が腕に力を入れた瞬間、私の肩のあたりからぐきっ、と無惨な音がした。ヤバイ。いま絶対肩やった。今まで寝ぼけた声しか出さなかったくせにそこだけはやけにはっきり言ったな。実は起きてるんじゃないの。私の切なる訴えと抵抗を無視して、むしろさらにぎゅうぎゅうと抱きしめては、腕だけじゃなく足でもがっちりホールドしている。まるでお気に入りの抱きまくらを放したくない子どもみたいに。


「ちょっとー!」
「んん、」
「遅くまでツイッターやってるからこうなるんでしょ」
「あーあー。せからしか」


 意外と、というか全国高校テニスのメンバーに選ばれて合宿に参加するくらいだから、平均以上の体力がありそして腕力もある彼に、平凡なただの女子高生である私ごときが対抗できるはずもない。この間まで合宿に行ってたけど、よく朝起きれてたな。いや、むしろ合宿だから起きれてたのか。さんざん手を焼いたであろう鷲尾くんの姿が想像できてしまって同情した。


「そんなんで一人暮らしやっていけんの?」
「は?一緒に住まんと?」
「え?」
「え?」


 なにそれ、初耳なんだけど。私も惷も春から上京する。お互いの大学はそこまで遠いわけじゃないから、一緒に住もうと思えば住めない距離ではなかった。でも、そんなの今まで一言も言わなかったのにどうして急にそうなるの、という私の文句を先回りするかように惷が口を開く。


「まだ部屋決まっとらんやろ?」
「え、まあ、そうだけど」
「そんなら一緒に住めばよかやろ。はい、決定」


 いや、そんならの文脈がおかしい。私、来週内見の予約してたんですけど。我儘な暴君がそのまま私のお腹にダイブしたので、そのはずみで再びベッドに沈み込む羽目になった。さらさら揺れる色素の薄い髪の毛が、規則正しく揺れている。


「はー落ちつくー」
「いい加減引き剥がすよ」
「無理。もうなまえがおらんと寝れん」
「......調子よすぎ」


 そう言って、もう瞼が完全に閉じてしまっている惷の頭を小突く。よく言うよ、私が居なくたって毎日健やかに爆睡してるくせに。でも確かに、寝ぼけて抱きついてくるときはいつだって幸せそうな顔をしている。まあ、今日は予定もないし、思いがけず嬉しいことも聞けたしたまにはいいか。そうやっていつも私は簡単に絆された結果、結局こうして甘やかしてしまうのだ。


さっきの仕返しとばかりに惷に抱きついて、ぎゅうと音が出そうなくらい思いきり抱きしめた。うっ、くるしー、と呻いた惷が、また幸せそうに笑って私を抱きしめ返す。そのまま高めの体温に包まれていたら、だんだん瞼が重くなってきた。惷が起きたら、あとで一緒に部屋を探そう。どんな部屋がいいかな。とりあえず寝室には、ダブルサイズのふかふかなベッドが欲しい。まどろみの中で、昼下がりの穏やかな日差しが、部屋の中にゆったりと差し込んでいるのを感じていた。






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