小説 | ナノ




こんな美しい不自由


※大学生





「ねえ光くん。これ、どっちがいいと思う?」


天気のいい日曜の午後、カフェでなまえさんが俺にスマホを突きつけてきた。一瞬ピントが合わず頭がちかちかする。画面に映ってるのは淡い色したワンピースやった。と思う、多分。しかめ面した俺とは逆になまえさんは真剣な表情をしたままだった。


「いきなり何すか」
「ワンピース。どっちが似合うと思う?」
「どっちも同じに見えるんやけど」
「なに言ってるの、全然違うでしょ」


じとりとした恨みがましい視線が向けられるのを、カフェラテの残りを一気に流し込んで無視した。「それより、飲み終わったんならそろそろ出ますよ」しぶしぶスマホをしまったなまえさんは、俺のあとに続いて立ち上がった。外に出たらもうすぐ春になりそうな日差しがうっとおしいくらいに眩しかった。


「どうせ着るのはあんたなんやからどれでも一緒やろ」
「どうせってなに。嫌な意味じゃないよね?」
「思っとる通りの意味ですけど」


うわーありえない!暴言!とかなんとか騒いどるなまえさんを尻目にわざとらしくため息をつく。なまえさんは完全に俺のことを弟みたいなもんだと思っているに違いない。正直どっちだって変わらんわ、あんたが着るんなら。それはほんまに本心やし、勝手にこの人がひとりで解釈して騒いどるだけで、べつに嘘は言うてない。もしかしたらほんのちょっと言葉足らずかもしれんけど。


「あーどうしよう。なに着てくか本当に決まんない」
「何でもええやろべつに。てかいつまでつまらん話聞かされなあかんねん」
「ちょっと、さっきから辛辣すぎない?今に始まったことじゃないけどさ。今日はいつにも増して棘がすごいんだけど」
「あんたがくだらん話しかせえへんからや」
「くだらなくないから。生きるか死ぬかの勝負なんだよ」


なまえさんは、最近アプリで知り合った男と来週食事に行くらしい。それをああだのこうだのこないだからずっと聞かされとって、いい加減うんざりしてきた。ほんまくだらん。生死を賭けるならもっとましなことで勝負したほうがええと思う。てか食事て。まさかほんまに食事だけやと思ってないやろなこの人。年上の商社マンが金曜の夜に眺めのええレストラン行ってドライブして、食事だけではいさよならてなるわけないやろ。無理矢理聞かされたやりとりの内容も出来すぎたプロフィールも、俺からしたら下心見え透いとったしクソ怪しいし、万が一食事だけで終わったとしてもどっちにしろ相手の男に問題アリや。そもそも俺としては、このまま永遠に出会いなんか来ないでほしい。


「結果は目に見えとるのにわざわざ負け戦しに行くんすか。ほんま暇やな」
「あのね光くん。そんなこと言ってるから君には彼女ができないんだよ」
「作らんだけや。別にいらんし」
「なんで?仮にも遊び盛りの大学生が言うセリフとは思えない」
「俺そんな暇やないんで」
「暇とかそういう問題?もったいないなー。光くんイケメンだしモテそうなのになんで彼女いないのかほんと不思議」


ほんとうに、言葉通りまあ他意もなく口にしたであろうなまえさんの一言にまた苛立つ。まあもともと俺はなまえさんの前で感情を隠したりとか特にしなかったし、なまえさんももう何べんも俺に彼女おらんのかとかどんな子がタイプなんやとかうるさいくらい聞いてくるし、俺はその度にうざがっとるし、ほんま今更やけど。ほんま何も考えとらんこの人の態度にいよいよ苛立ちも押さえられなくなってきて。だって。わざわざ休日に二人で出かけとんのに何で他の男の話ばっか聞かされなあかんねん。デートやって思ってんのが俺だけならほんまに罪やでそれは。けどたぶん、この人のことやから何も考えてないに違いない。そう思ったら眩暈がした。だいぶ、いやかなりダメージがでかかったらしい。自分で思っといて自分で傷ついてたら世話ないわ。



「なんでか教えたりましょか」
「え?」
「彼女つくらん理由」


そりゃあ俺はなまえさんより5つも下やし、まだ学生やし、前にバイトで一緒だったくらいしか接点がない。なまえさんにとって俺が恋愛対象やないのも前からとっくにわかっとるから、このまま仲ええ年下のままでええかなって思っとったこともあるけど、なんやもう、虚しくなってきたというか、もうどうでもよくなってきた。いろいろと。


「あんたのせいや」
「え?」
「全部」


一個ストッパーが外れたら、転がり落ちるみたいにつらつら言葉が並べ立てられる。なまえさんもぽかんとしたまま間抜けな顔して俺を見とる。そらそうか。立場が逆やったらきっと俺かてそうなる。恋愛とか興味なさそうで、自分には甘さのかけらもないくらいいつも辛辣で、ただの後輩やと思っとったやつがいきなり何言い始めとんねん頭沸いたんかてなる。自分で言っといて虚しくなるし、いっそ笑えるけど、もう何べんも俺は何気ないあんたの一挙一動に振り回されて、掻き乱されて、こっちはあんたのこと考えるたんびに胸が焦げ付きそうなくらい痛いんやけど、なんて。俺こんなキャラやないのにほんまどうしてくれんねん。


「俺はあんたに他の男の影が見えるたびに本当は気い狂いそうになるくらい嫌で嫌で仕方ないのに、そんなんも全部あんたは知らなくて、はよ彼女つくれだの別れただの付き合っただの合コンだのアプリだのなんだのって平気で言うてくるし、ここまできたらもはや嫌がらせなんちゃうかって思うわ。もしかして全部知ってて嫌がらせしてんすかほんまは」


せやけど今だって、うっかりしたら切れそうな細っこいあんたとの間にある糸を手繰り寄せるので笑えるくらい必死やし、俺から連絡しない限りどうせあんたとは会えへんし。ようやく会えても他の男の話ばっかり聞かされとるし。そら棘も生えるわ。むしろ棘くらいで済んでんのに感謝してほしい。気持ち伝えて拒絶されて距離置かれるのに耐えらへんからいつまでもずっと言えへんかったけど、このまま言わずに終わってもきっと俺はあんたのこと忘れるなんてどうせ簡単にはできひんし、なまえさんやって俺のこと好きにはならへんし、何も変わらんからどっちにしろ意味ないて思ってた。でも。もしかしたら俺が思ってることのかけらだけでも伝えることができたなら、知らん男と食事に行くのを、指咥えてしゃあないなって思いながら見送ることもなくなるんだとしたら。頭ではそう思ってるのに、口からは相変わらず可愛げのかけらもないような皮肉めいた台詞ばかり出てくる。


「あんた、年上でいい会社に勤めとって年収がそこそこあって、育ちも性格も顔もいい男が好きってことあるごとに耳にタコができるくらい言うてましたよね。けどそろそろ現実見たほうがええですよ。そんな男どこにおんねん。どうせ見つからへんやろしやるだけ時間の無駄やって気づけやいい加減。今度会うやつやってどこまで本当かわからんし、話聞いとったら相当胡散臭いで。そんで残念やけど、いま現実的にあんたの目の前におるんは生意気で口が悪くて稼ぎもない学生で、ただの腐れ縁の昔のバイトの可愛げもない後輩や。現実てそんなもんやで。そもそもなまえさんの理想って全部外側から見たうすっぺらい話やし、肩書きなんかで選んだ相手を本気で好きになれるとも、本気で愛されるはずもないって普通わかると思いますけど」


やっぱりそう簡単に素直になんかなれるはずもなくて、辛辣どころじゃ済まされんような暴力的な言葉ばかり出てくる。正直ここまで言うつもりもなかったけど、しんどいのは俺かて同じなんやから。むしろずっとしんどかったんは俺のほうなんやから。このくらい仕返ししたってええやろ。悪いとか絶対に思わんし少しくらい思い知ればいい。めちゃくちゃに傷けてやりたかった。傷ついて、いつまでも俺のこと忘れんように。俺のことばっかり考えるようになればいい。なんて言い訳のように思いながらも、もうさっきからずっと頭がずきずきと波打つように痛い。


「...光くん、ずっとそんな風に思ってたの」
「ほんまのことやろ」
「そんなこと今まで一度も言わなかったのに」
「言わんようにしてたんですけどね。誰かさんのせいで限界やったわ」


ほんまは、言いたいことなんか山ほどある。何年分溜まってると思ってんねん。もう二度と立ち直れないくらいにボロボロにしたる言葉なんかいくらだって。俺は自分のことこれっぽっちも優しい人間やとは思わへんし、思ったことは口に出すし顔にも出るし、だいぶ自分の気持ちに正直に生きとるほうやと思う。そんで誰かを怒らせたり泣かせたり、そんなつもりなくても言い過ぎやって言われることも少なくない。それはこの人の前でも変わらんし、なんなら他の人より口は悪いかもしれへん。だけど、なまえさんのことに関しては、いくら自分に正直になっても、むしろ正直になればなるほど心の奥がざわざわして居心地が悪くてしかたなくなる。


八つ当たりみたいにその苛立ちをいくらぶつけても、なまえさんは一度だって俺の態度や言葉にあからさまに傷ついたり怒ったり、感情を乱すそぶりを見せなかった。だからこうやってまたどうしようもなく苦しくなる。俺はなまえさんの前で、正確に言えば感情を隠さないんじゃなく隠せない。隠せないくせに、どうしても素直には伝えられない。いつからか俺は、俺だけが、隠せないくらいにあんたに対する感情を持て余すようになってしまって。こんなん不公平すぎる。だから、





「なまえさん」
「なに?」
「俺、あんた以外が彼女になるくらいやったら、死んだほうがましや」


、間違った。これ以上ないくらいに傷つけてやりたかったのに、口から飛び出してきた言葉はとどめに叩きつけてやろうとしていた言葉のどれとも違った。しかもちょっと情けなくかすれていた。違ったけど、間違ってへんのも事実やった。あの瞳に見つめられたら俺はもうどうにもできなくなってしまうんやから、もはやこの世の都合悪いこと全部なまえさんのせいやとさえ思う。


こうやっていっつもこの人は容易く俺の頭のなかをかき回してくる。そうやって俺はあんたのこと、知らんうちに好きになってしまってた。ぽかんとしていた顔をふにゃりとだらしなくゆるめて、俺の腕を引き寄せて頭を抱えるみたいに抱きしめるその細っこい腕も、やわらかくて優しい匂いも、力を入れたら折れてしまいそうだと思っていた華奢な身体もぜんぶ。いやあんたどういうつもりでやってんねん。あれもこれもどうしようもなく腹が立つくらいに好きでしかたなくて、ずっとずっと触れたかったことも、どうせあんたは知らんやろうけど。知らんのに。知らんくせに。


「...なにしてんすか」
「抱きしめてる」
「いや、なんでやねん」
「光くんが泣きそうだったから」
「んなわけないやろ」
「私にはそう見えた」
「慰めるつもりならくだらん男と食事なんか行くのやめて、いい加減俺と付き合うてください」



やっぱ間違った。それでも、今までの誰よりも一番あんたを愛するのもあんたが好きになるのも、他の誰でもなくどうしたって俺がいいんだから仕方ない。なまえさんの行動にどんな理由があったってもうそんなのはどうでもよかった。ほんまどうしようもない。カッコ悪すぎるし情けなさすぎる。けど、ここまで言うたんやからもう分かったやろ、俺がどれだけあんたに惚れてるか。金輪際くだらんアホなこと言うてきたら今度はほんまにどついたるからな。逆に今更隠すもんもなんもなくなってある意味すっきりしたけど。それに何より、俺を抱きしめる力を強くするあんたが満更でもなさそうやから今はそれでもまあええかなんて思ってしまった。...いや、ちょろすぎやろ俺。あんたもなんでちょっと嬉しそうやねん。脈なしやと思っとったんが勘違いやったんやないかとか思うやろ。そうやとしたら俺のこの数年は何やったんや。もしこれがほんまは全部計算とかやったらしばきたおす。


年下とか、学生とか、肩書きとか、こだわっとったんはほんまは俺のほうかもしれへん。いざなまえさんの体温に触れてしまったら、そんなん全部一瞬でどうでもよくなった。なまえさんもそうやったらいいのに。そう思って嫌がらせのつもりで骨が軋むくらい思いっきりなまえさんを抱きしめ返したら、くるしい、と笑う声が今までで一番近くにあることがこそばゆくて耳の奥がじんとした。ついでに目の奥もつんとしたけれど、それは見ないふりをした。ざまあみろ、せやから間違いなくいままでもこれからも俺が世界中の誰よりもなまえさんのこと好きやって言うとるやろが。いや、言うてへんかそれは。なまえさんの髪の毛に顔を埋めて、もう離したくないとかほんまのほんまにあんたが好きやとかずっとこうしたかったとか、愛してるとか。まあ、やっぱり、絶対一生言うたらへんけど。









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