小説 | ナノ




マザーとグースとお嬢さん





「なまえ、電話鳴ってるよ」
「ああ、いいの。どうせ非通知だから」



どういうわけだか、最近非通知から頻繁に電話がかかってくる。友人は訝しげな顔をして、ヴーヴーとうるさく震え続ける私の携帯を横目で見ている。ディスプレイに映し出されているのはやっぱり「非通知」の三文字だった。しばらく経ってから、ようやくその振動は消えた。



着信拒否設定にすればいいのに、と友人が言うから、私は大きくため息をつく。そんなのもうとっくにやってる、と言いながら。一度目は十秒ほどで振動が止まったのでさして気にもしていなかったのだが、二度目三度目はさすがにだんだん煩わしくなり、ちゃんと着信拒否設定をしたはずだ。それでも相変わらず着信が続くから、何度かカスタマーセンターにも問い合わせたけれど、電話の向こう側のお姉さんは困ったような声で、ちゃんと設定されております、と言うだけだった。



なんだこれは。新手のホラーか?と思ったけれど、それ以外は至って普通の携帯電話だし、高い端末代をまだ分割払いしている手前、買い換える気にもならなくて、とりあえず気にしないことにした。一日に数回かかってくることもある。一時はバイブレーションが煩わしくてサイレントに設定していたけれど、他の通知が一切わからなくなるのが不便だったので戻してしまった。だから今日も非通知の表示はまるでその身を主張するかのように小さく、でも確実に震えている。



ーー非通知といえば。今日も今日とて震える携帯を横目にふと頭に過ったのは、揺れる銀色のしっぽだった。非通知には出ないほうがいいって教わらんかったか?そう低い声で言いながら電話口でくつくつと笑ったのは、まだ中学生だったとき、同じクラスだった銀髪の男だ。ついでに私の初めての彼氏だった。



彼氏といっても付き合ったのはほんの数ヶ月だけだったし、どうして別れたのかもあまり覚えていない。思い出を語るにしては淡白過ぎるしそれにもうずいぶん昔の話だ。それに付き合う前も付き合っているときも、別れた後も私たちは特に代わり映えしなかったように思う。そしてその銀髪、仁王雅治とは中学卒業以来一度も会っていない。



でも、もしかして。と思う。いやそんなまさか、そんなことはきっとありえない。ありえないけれど。万が一、いや億が一くらいの可能性で、この悪戯電話じみた摩訶不思議な非通知はあの仁王雅治の仕業じゃないだろうか?なんてことを思う。中学生のとき、彼はペテン師とかいう渾名を付けられていたし、まるで本当の魔法なんじゃないかと錯覚してしまうくらい手品がとてもうまかったし、時々いい意味でも悪い意味でも私の予想をはるかに上回るような行動をしたりしていたから、こんなわけのわからない芸当だって彼ならいとも簡単にやってのけるかもしれない、だなんてことを思ってしまったのだ。



あの日彼が非通知から電話をかけてきたときは、確か携帯をなくしたと言っていた。だから公衆電話から電話しているんだと。非通知に出るなというなら非通知から掛けなければいいのに、とぼやいた私に、電話口でちょっとだけ笑った彼が、それでもいまおまえさんの声を聞きたかったんじゃ、なんて、柄にもないようなことを言ったのは、後にも先にもそれっきりだった。



彼はもう私のことなんて覚えていないかも。何年も使われることのなかった連絡帳の名前。中学を卒業したとき、もう連絡することなんてきっとないと思っていたけれど、一度疑念を抱いてしまっては、確かめるまで気が済まないのは昔から変わらない私の厄介な性分だ。それにもし、万が一この不可解な非通知が仁王雅治の仕業なら、一言くらい文句を言ってやらないと到底気が済まない。気づけば指が、数年ぶりにその名前の上をあっけないほど簡単にタップしていた。





ワンコール、ツーコール。




『もしもし』
「あ、仁王?久しぶり。覚えてる?中学の時に一緒だった名字だけど」
『ああ。何か用か?』
「あのさ、私に非通知かけたりとかしてないよね?」
『何じゃ、ずいぶんいきなりじゃのう』


そう言ってくつくつ笑う低い声は昔と変わっていなかった。中学を卒業してからずいぶん経つのに、離れていた年月がまるでなかったかのようなその態度に、なんだか妙に安心してしまう。


「なんか最近、着拒しても毎日かかってくるんだよね、非通知。仁王じゃないかと思って」
『なんで俺だと思った?』
「いや、中学のときに仁王と非通知の話したの思い出して」
『それだけか?』
「そうだけど」
『そんなことするほど暇じゃないぜよ』


喉の奥で笑いながらもあまりにも冷静な仁王の言葉に、まあ、普通に考えたらやっぱりそうだよな、と思って思わずため息をついてしまった。それにそもそも、仁王が今になって私に非通知で電話をかけてくる理由がどこにも見当たらない。


「ごめん、そりゃあそうだよね。忘れてくれていいから。じゃあ、」
『なまえ』
「...ん?」
『なかなか面白そうな話じゃのう。直接聞かせてくれんか』
「え?」
『ちょうど今、お前さんちの近くにいるんじゃけど』
「......なにそれ、今度こそホラー?」
『何じゃそら』




今度は声を上げて笑った電話口の仁王は、いまどんな顔をしているんだろう。...あれ、私前にも同じことを思ったことがあったかも。と思って、あのときのことを思い出したらほんの少しだけ心の奥がむず痒くなった。着いたら連絡する、またあとで。と言って電話を切った数年ぶりの仁王の声が、ふいに呼ばれた自分の名前の響きが、耳の奥でじんわりと消えずに残っているような気がする。そしてその日から、私の携帯に非通知からの着信が表示されることはなくなった。








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