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咲かない花を数えている


※そこはかとなく注意









これはいつもの夢だ。そう分かっているのに、全身は硬直して激しく波打つ鼓動だけを感じている。目の前に立っているその人は、片方の口元を綺麗に釣り上げてじっと私を見つめていた。




「なあ、どうしてほしい?」



彼が私の方にゆっくりと手を伸ばして、そのままその手が頬に触れ、首元に触れ、胸元に触れた。つつ、と撫ぜるように触れるその手がくすぐったくて、熱くて、ごくりと大げさに喉元が鳴ってしまった。それを見て彼はまた満足そうに目を細める。


「ホンマは、俺にしてほしいことあるやろ?」


ちゃんと自分の口で言って。胸元に触れていた手が唇に戻ってきて、つまむようにやわく唇を押される。そのままゆっくりなぞられて、私の言葉を待ってるみたいだった。その試すような手つきがもどかしくて、思わず身体を捩ったのを見逃してくれるはずもない彼は「言って、なまえ」目の奥に灯った熱を隠すこともせず絶妙にちらつかせながら、漂う色香に有無を言わさない強い意志を携えて私を射抜く。もう限界だった。






「俺に、ーーーーされたいって」
















は、と目を開けたら自分の部屋の真っ白な天井が映っていた。窓から差し込む眩しい光と鳴り響くアラームの音に、一気に現実に引き戻されてため息をつく。汗ばむ額に張り付く髪を避けながらアラームを解除して、憂鬱な気分のまま布団を出る。ありきたりな、いつもの月曜日の朝。またあの夢を見てしまった。


いつものように支度をして、いつものように朝ごはんを食べて、いつものように靴を履いて。いつものように自転車に乗って学校に行く。掴みの校門を入って少し過ぎたところで、ぽん、と肩を軽く叩かれて振り向いたら、いつものような笑顔を浮かべた彼が立っていた。


「おはよう、名字さん。今日は早いんやな」
「白石くん。おはよう」


クラスメイトの白石くん。相変わらず朝から爽やかで人当たりの良い笑顔を浮かべている。朝の少し冷たい空気の中で、肩を並べながら歩く。


「今日も朝練?テニス部は朝早いね」
「まあ、もうすぐ大会も近いからな。名字さんは?」
「私は委員会の朝当番」


そっか、朝から大変やな。そんな労いの言葉をかけてくれた白石くんは本当に誰にでも平等に優しいと思う。じゃあ俺こっちやから、と部室棟のほうを指差した白石くんに、朝練頑張って、と手を振って別れる。小さくなっていく彼の後ろ姿をしばらくぼんやりと見ていた。今朝の夢の中での出来事がフラッシュバックして、振り切ろうと思わず頭を振ったけれど、そんなの何の意味もなくて、そのまま白石くんから目を逸らす。もう何度も何度も、繰り返し同じ夢を見ている。白石くんに触れられる夢を。



触れられる夢、なんて言ったら聞こえはいいけれど、その内容はとても口で説明できるようなものじゃない。初めてその夢を見たときは、あまりの罪悪感にその日白石くんの顔がまともに見られなかった。だって私は恋愛感情で白石くんのことを好きなわけじゃない。私にとって白石くんはとても親切な、本当にただのクラスメイトだ。それは白石くんもおんなじだろう。それなのに何度も何度も、まるで自分の欲望を表すような夢をもうずっと長いこと見ている。そんな自分にいい加減嫌気が差して、何の罪もない白石くんに申し訳なくて、そんなことを1ミリだって知られてはならないと、必死でいつものようにクラスメイトとして接してきた。おかげでもう朝一番に白石くんと遭遇しても動揺することはなくなったし、まるで何でもない顔をして接することだってできる。その度感じる罪悪感を常に押し殺してはいるけれど。だって、ただのクラスメイトにあんな夢を見られているだなんて、知ったら絶対に気持ち悪いと思う。だから、何としても知られるわけにはいかなかった。












「名字さん、今日日直やろ?あれ、次の授業までに資料室まで運んでほしいって」


午後の最後の授業が始まる前、白石くんが私の机にやってきて教卓の資料を指差しながら言った。今日、もう一人の日直当番は欠席だった。前の授業で使った資料はなかなかの量で、あれを一人で運ぶのかと思ったら思わず顔が引きつってしまった。そんな私を見て白石くんが苦笑いする。


「俺も手伝うわ」
「えっ?でも、」
「一人で運ぶ量やないやろ」


ちょうど暇やし、遠慮せんとこき使ってや。冗談交じりに言って笑った白石くんは、私の返事を聞く前にさっさと教卓のほうに歩いていってしまって、慌ててその背中を追いかける。結局白石くんが重くて大きいものをほとんど持ってくれて、言葉通りにこき使ってしまっているような気がして申し訳なくなった。資料室へと向かう廊下を一緒に歩きながら、白石くんに声をかける。


「ごめんね、白石くん。頼まれたの私なのに」
「ええって。大体こんなん一人で運ばせるほうがおかしいやろ」


いつもみたいに、白石くんが爽やかな笑顔で言う。やっぱり、白石くんは本当に優しい人だと思う。今日だけじゃなくて、前にもこんなことがあったような気がする。その度に白石くんはさりげなく助けてくれたり声をかけてくれたりする。もちろんそれは私に対してだけじゃないけれど、誰かに何か頼まれごとをされても嫌な顔ひとつしないで引き受けている印象がある。ルックスもよくてテニス部の部長で運動神経もよくて、成績もよくておまけに性格もいいなんて。天は白石くんに二物も三物も与えすぎだと思う、なんて思ったらなんだか少し笑えた。


「なに笑ってるん?」
「ううん。白石くん、やっぱり優しいなと思って」


資料室は本校舎から少し離れたところにあって、午後の最後の授業の前というだけあってだんだんと人の気配がなくなっていく。扉を開けたら古い本独特の、ほんのり埃っぽいにおいが鼻を掠めた。電気はどこだろう、と壁を伝う私の手がスイッチを探り当てる前に、白石くんが資料室のドアを閉めた。


「あ、待って白石くん。まだ電気つけてないから、」
「別につけなくてもええやろ」


まあつけたほうがいいならそれでもええけど。その声はいつもの白石くんの声色とは少し違っていた。どういう意味、と資料を置いて振り返った瞬間、ガチャンと内鍵の落ちる音が聞こえる。白石くんは入り口のすぐ横にあった棚に抱えていた資料を置いて、ゆっくりと一歩こちらに近づいた。


「ほんま無防備すぎて心配になるわ、名字さん」
「...白石くん?なんで鍵、」


なんで鍵かけるの、という私の言葉は遮られた。白石くんが一歩私との間合いを詰めるから、後ずさりするたびに白石くんもこちらにまた一歩近づいてくる。私を見つめる白石くんの表情は、いつも見せている爽やかな笑顔なんてどこにも感じられなかったのに、私はその表情をよく知っているような気がした。それはいつも夢に出てくる白石くんが私に向ける表情に似ていた。


「俺が優しいって?そりゃそうやろ。優しくしようと思って優しくしとるんやから」
「え......」
「それより名字さん、俺に何か隠してることあるやろ?」


ぎくり、と肩が揺れてしまったのを肯定ととった白石くんが唇の端を片方だけ上げて綺麗に笑う。「あたりやな」その笑い方にも、ずいぶん覚えがあった。だって夢の中でも白石くんは、よくそんな風に笑って私を追い詰めたから。


「......ないよ、そんなの」
「嘘はあかんで。せやなあ、例えば」


俺とやらしいことする夢みるとか?いつもより低い声が少し掠れているように聞こえる。それはまるで夢の中の声の温度と同じで、思わず白石くんの目を見つめ返してしまった。そしてすぐにそれを後悔する。私をじっと見つめているその瞳は、夢で見たものとまるっきり同じだった。


「やっぱそうなんや。ちょっと前から、朝会うときなんか様子変やなって思っとったから、まさかとは思ったけど」
「...なんで?」
「朝っぱらからあんな熱の篭った目で見られたら、そら大体察しつくわ」


俺も男やし。白石くんのことを女の子だと思ったことなんてもちろん今まで一度もないけれど、きっとそんな意味じゃない。あんな夢を見ているせいで、男の人だと意識しないようにしていたことも、たぶんきっと、いや絶対にばれている。絶対に本人に知られたくなかったことを、あまりにも正しく言い当てられてしまって、目の前が真っ暗になりそうだった。もうこれ以上否定したりごまかしたところで、きっと彼には通用しないと思って、観念してぎゅっと唇を噛んでからゆっくりと口を開く。


「......ごめん、白石くん」
「なんで謝るん?」
「だって気持ち悪いでしょ、こんなの」


ただのクラスメイトに、勝手にそんな夢見られて。そう言ったら白石くんは一瞬目を丸くしたけれど、その後すぐにははっと笑った。西日が微かに差し込む、薄暗いままの資料室の空気がわずかに揺れる。


「ほんっまに名字さん、無防備すぎっちゅうか、鈍いっちゅうか」
「え?」
「俺の前ならええけど、そういうのほかの男に見せたらあかんで」
「白石く、」
「俺名字さんのこと、ただのクラスメイトとして見たことなんか一度もない」


白石くんがまた一歩私との距離を詰めるのに、今度は後ずさりできなかった。いつのまにか私は資料室の窓際まで追い詰められていて、埃っぽいカーテンがやわらかく行く手を阻む。本当にこれが、いつもあの優しい笑顔で笑いかけてくれていた白石くんなんだろうか。もしかして私はまた、夢を見てるんじゃないだろうか。でも。全身が硬直して激しく波打っていた。白石くんは、そんな私を片方の口元を綺麗に釣り上げながらじっと見つめていた。私は、この感覚を知っている。







「なあ、どうしてほしい?」




彼が私の方にゆっくりと手を伸ばして、そのままその手が頬に触れ、首元に触れ、胸元に触れた。つつ、と撫ぜるように触れるその手がくすぐったくて、熱くて、ごくりと大げさに喉元が鳴ってしまった。それを見て彼はまた満足そうに目を細めた。


「ホンマは、俺にしてほしいことあるやろ?」


ちゃんと自分の口で言って。胸元に触れていた手が唇に戻ってきて、つまむようにやわく唇を押される。そのままゆっくりなぞられて、私の言葉を待ってるみたいだった。その試すような手つきがもどかしくて、思わず身体を捩ったのを見逃してくれるはずもない彼は「言って、なまえ」目の奥に灯った熱を隠すこともせず絶妙にちらつかせながら、漂う色香に有無を言わさない強い意志を携えて私を射抜く。









「......俺に、めちゃくちゃにされたい、って」







その瞬間、身体の芯がぞわりと震えた。そんな私を見た白石くんは、夢の中と同じように笑って、そのまま噛み付くように強引に唇を奪って。夢でしかなかった感触が一気に現実となって私に襲いかかってきて、あっという間に頭の中が熱でいっぱいになってくらくらして、もう何も考えられなかった。息をつく暇さえも与えられず、何度も何度も重ねられる唇から漏れた、どちらのものか分からない耳障りなほど甘ったるい吐息だけが、あまりにも静かな資料室に響き渡っている。何もかもが、もう限界だった。最後の授業が始まるチャイムの音が遠くのほうで鳴っているのを、ほんのわずかに残った理性だけが聞いていた。








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