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パルファムシェルター







大きければいいって話じゃないんだよと、電車のなかで偶然聞こえてしまった見知らぬ男子高校生の会話が、フラッシュバックしてから一瞬で消えた。表紙のセクシーなお姉さんは大人の色気をムンムン出しながら、こちらを潤んだ瞳で見つめている。くっきり刻まれた深い谷間とそれに沿う豊満な胸はわたしを失意の底に突き落とすには充分すぎた。残念ながら私は巨乳の二文字からは程遠い。





「なまえ、ジュース切らしてたから麦茶で......て!おま、っ!」


私の手中からDVDを驚くべき速さでひったくった謙也はあわててそれを机の下に押し込むけどもう全て無駄なのだった。真っ赤な顔をしながら「お前な...!何勝手にひとの部屋漁ってんねん!」怒鳴るけれど、怒鳴りたいのはこっちのほうだ。いやむしろ泣きたい。謙也は赤い顔のままがしがし頭を掻いて「いやこれは...その、アレや!侑士が勝手に置いてったヤツやから!」苦しい言い訳をする。ばか。ばかばか謙也。そうやって、下手な言い訳をするから自分の首をしめているんだってどうして気づかないの。


「ほんまやって!ずっと前のやつやし何なら存在すら忘れとったわ!」
「謙也」
「な、なんや」
「やっぱりさ、男の子って、」


慣れててエッチな女の人のほうがいいの?大きければいいって話じゃないんだよ。本日二度目のフラッシュバックが私の心を抉る。そんなのは嘘だ。大きいほうがいいに決まってる。男なんてきっとみんなそんなもんだ。そりゃあ健全な、お年頃の男の子だったらこういうのの一つや二つ持ってたって見ていたって普通のことだと分かっているし、咎めようとも思わない。だけど。どうにも心の狭い私は、じわりとひそかに言いようのない苦い気持ちを抱える羽目になった。パッケージのお姉さんは、私の知らない大人の女の人だった。私からは程遠い。AV女優にやきもちだなんて馬鹿馬鹿しすぎて口が裂けてもいえやしない。


「男の子って?...なんや」
「...なんでもない」
「......すまん、なまえ。怒らんといて」
「怒ってないよ」


怒ってないよ。悲しいけど。ふいと顔をそらしてなんでもないふり。初めてキスしたのも、だきしめられたのもここだった。謙也の部屋だった。私が勝手に、ここが私と謙也の空間だと思い込んでしまったからこんな思いを抱えなくてはいけなくなったのかもしれない。真っ赤な顔をしながら、でも確かに欲望の籠った瞳で私をまっすぐ見つめてキスをして、初めて私をだきしめて眠ったこの部屋で、謙也はどんな思いで私じゃない女の人のセックスシーンを見ていたんだろう。


...もしかしたら謙也は、私じゃ物足りなかったのかな。なんて、一度ネガティブなことを考えてしまったら脳が一気にそちら側に転がっていってしまう。心の奥が古傷を抉られたようにずきりと密かに音をたてる。もう封印してしまって思い出したくもない昔の話だけれど、謙也と付き合う前に付き合っていた彼に、お前には色気を感じないと言われて振られたことを思い出した。謙也と付き合ってからは毎日が幸せだったから、そんな暗い過去には蓋をしてカギをかけて、ちゃんとどこかに追いやってしまえていたし、謙也との初めてのときだって、謙也がものすごく優しかったおかげもあって、身構えていたよりも随分と幸せで満たされた気持ちで終えることができたのに。でも謙也は、もしかしたら私じゃ全然満足できていなかったんじゃないだろうか。



「謙也」
「...なんや」
「私、もっとがんばるね」


だから、物足りないから別れようなんて言わないで。なんて情けないことを言えるはずもないけれど、胸が大きくないのも、魅力的じゃないのも、謙也を満足させられてないかもしれないのも。もっと研究して色々頑張ったら、改善の余地はあるかもしれない。それに私は、本当に謙也のことが好きだから、あんな悲しい理由で別れたくなんかないし、愛想を尽かされたくだってない。そのためにできるだけ、努力できることならいくらだってするから。一瞬ぽかんとした謙也が大きくため息をついて「アホ!」私の頭をこづいた。そのままぐい、と引き寄せられて抱きしめられる。私の大好きな、謙也の匂いが胸いっぱいに広がってうっかり泣きそうになった。



「なまえはそのままでええ」
「え?」
「そもそもな、頑張るって何やねん。何を頑張んねん、色々おかしいやろ」
「えっと...毎日豆乳飲んだりとか?あとはエッチな下着つけたりとか」
「アホ!そんなんせんでええわ。...まあ、下着はちょっと見たいけど...て何言わすんや!なまえはな、いつもみたいにぽけーっと笑って俺の隣におってくれたらそれだけでええねん」


いつもみたいにぽけーっと、って何だ。そこだけは反論したかった。だけど、謙也がいつもと変わらない調子で言って私を抱きしめる力を強くするから、私はやっぱり謙也の彼女になることができて本当に幸せだなと思ってまた涙腺が少しだけ緩んだ。謙也はどんな思いで、あのおねえさんを眺めていたのだろう。少しは私を重ねていてくれたのだろうか。ほんの少しでも私のことを思い出してくれていたんだろうか。謙也の言葉や行動ひとつで、私はいつだってそんな苦かったり苦しかったりする思いを痛いくらいに実感したり簡単に吹き飛ばしたりすることができる。だけど。



「...せやから、そんな顔すんなや」



信じていいのかな、いいよね。いつでも、私が謙也のいちばんだって。






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