小説 | ナノ




ねむれまよいご


※「君の好きなとこ」続き






安いアルコールの混ざったにおいがまだうっすらと残っている部屋で、すうすうと微かな寝息が静かに響いている。絹みたいに手触りの良い髪を優しく撫でながら、俺は深くため息を落とした。さっきまで酔いつぶれていたとは思えないほどに静かななまえの寝顔を見つめながら、寝返りを打ったせいでずれてしまった毛布をかけ直してやる。うん、と小さく唸って身じろいだ姿に一瞬心臓が揺れたけれど、なまえの体調が本調子ではなかった理由を思い返せばあっという間に理性を取り戻せる自分を褒め称えてやりたい。なにより俺は、なまえが俺の部屋で寝ているというまるで夢みたいなシチュエーションにおいても、簡単に箍を外してしまえるほどの中途半端な気持ちでなまえを見たことは一度だってない。



初めはただの友達やった。大学で出会って、ノリが良いなまえとはまるで昔から知り合いだったみたいに気が合ってあっという間に仲良くなって、気づけばいつでも一緒にいた。友達の輪が広がっていっても、どんな集まりにも必ず俺の隣にはなまえがいて、友情とか恋愛だとか名前を付ける前にそれがあまりにも当たり前になってしまっていたから、知らないうちに芽生えていた自分の感情に気が付くのが遅れてしまった。俺みたいなあまりにも近すぎる男友達がいるせいで彼氏ができないのだと友人から指摘されたというなまえが、こないだ合コンで危うくお持ち帰りされそうになってさー、私でもお持ち帰りされそうになるとか合コンってすごくない?だなんて、あまりに的はずれなことをけらけら笑って言ったことに肝を冷やしたその瞬間、ああ俺、なまえのこと好きなんやとようやく気が付いた。


俺は仲良くなった時からいつだってなまえのことをついつい構ってやりたくなっていたけれど、好きだと自覚してしまってからはますます放っておけなくなって、何ならこの際男が近づくのを徹底的に邪魔してやろうとして、それからはさらに甲斐甲斐しくなまえの世話を焼いていたように思う。そんな俺の様子にいち早く気づいたらしい共通の友人たちが、一肌脱いでやろうだとかなんだとかおせっかいなことを言い始め、今回の二次会は俺の部屋で催されたわけだが、例によってなまえが酔いつぶれてしまった結果、彼らの望み通りの展開にはならなかったにしても、安心しきったように眠るなまえの頭をゆっくりと撫でているだけで、なんだか言葉では表しようのない幸福感をひしひしと感じているのも事実やった。



そしてさっきからずっと、なまえが夢の中に落ちてしまう前にどさくさに紛れて俺のことを好きだと言ったのを何度も何度も思い出している。それはあまりにも突然やったし、未だに白い顔をしたままのなまえの体調のことも考えた結果として、お前それどういう意味で好きって言うてんねんとか、俺はそういう意味でお前が好きやって分かって言うてんのかとか、ほんまは詰め寄ってやりたかったけど、そういう肝心なことは一切言えないまま、弱りきったなまえを介抱するのでさえもまるで俺だけに許された特別な権利のように思えて、ただ愛おしさを全部てのひらに込めながら頭を撫でることしかできなかった。俺の部屋で無防備に眠る姿を見て、まるで自分の中に閉じ込めたような気持ちになって。そんな鬱蒼とした思いを抱いていたら、それがうっかり伝わってしまったかのようになまえが身動ぎをしてからゆっくり瞼を持ち上げたので、ほんの少しだけ焦ったのを誤魔化して、何でもないようなふりをする。





「...謙也?」
「起きたんか。体調どうや?水飲むか?」
「うん...もしかしてずっと撫でてくれてたの?」
「あー...まあ、そんな時間経ってないしな」
「...だめだよ謙也、女の子にこんな風に優しくしちゃ」
「は?」
「だってこんなことされたら、みんな謙也のこと好きになっちゃう」




...なまえ、俺な。俺が誰よりもいちばんなまえに優しくしたりたいと思っとる。それに、俺が優しくしたりたいのも好かれたいのも最初っからお前だけや。なまえは時々、謙也は人たらしすぎるとか謎の文句を言うてくるけど、俺は全然そんなつもりはなくて、明らかになまえを特別扱いしとる自覚もある。そんで本当はもっともっと特別扱いしたりたい。でもそれと同じくらい、今の一番仲の良い友達のポジションを失うのが怖いとも思っとる。誰にもとられたくないくせに、失うのはもっと怖いなんてわがまますぎて反吐が出そうになる。それでも。



「...そんなんも、誰にでも言うとったら怒るで」
「大丈夫だよ、謙也にしか言わないから」
「なあ、なまえ」



俺の毛布にくるまったまま、なに?と俺を見上げたその瞳は揺れていた。そのまま撫でるように触れた頬はそのうっすらとした青白さに反比例するかのように熱くて、さっきの言葉を確かめたくて瞳の奥を見つめる。...俺のこと、好きってほんま?そう聞きたかったのに、そこに映っている俺の姿があまりにも頼りなくて情けない表情をしていたから、いっつもなまえには俺がこんな風に見えとったなら、もうどうにもなんにも誤魔化しようがないと思ったら、なんだか笑えてしまった。







「なまえ、好きや」





なあ、もうええよな。ずっと越えられずにいた、越えられないと思っていた、お前との間に流れとるこのでっかい川を、一思いに飛び越えて、その瞳の奥に触れても。そう思ってなまえの頬に触れていた指に少しだけ力を込めた瞬間に、その瞳にわずかに熱が浮かんだから、それを確かめるかのようにゆっくりと距離を縮める。ずっと淡い夢をみていた。本当はずっと待ち焦がれていた、ようやく訪れようとしているその瞬間にうっかり眩暈がしそうになる。




「せやから、俺だけにしときや」




きっと、今よりもっと大切にするから。だから、優しくされるのも、触れられるのも、愛されるのも、抱きしめられるのも。今までも、そしてこれからもずっと、全部俺だけに許して。






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