遅刻
2012/10/17 00:51

言葉は、
嘘吐きだ。

「ソラ」

彼がまた私の名を呼んだ。
彼の声に導かれながら私は彼の方を見る。
彼はいつも通り変わらず優しい笑みをその顔に張り付けていた。

「今日も、いい天気だな」
「……」
「ソラは一番どの天気が好き?」
「……」
「俺は、雲りかなぁ」

私の髪を優しく撫でながら彼は言った。
その表情は陰りを感じるものの曇ってはいない。
ただ、晴れやかじゃないのも事実だ。
けれど、
私はいつもそんな彼の表情に儚さを感じる。
……守りたいと思ってしまう。

「ソラは晴れが好きなのかな。まぁ大体の意見はそっちに行くよね」
「……」
「でも、曇りもいいよ。日光も気温もちょうどいいし」
「……」
「俺にぴったりだろう?」
「……」

優しい表情で、
彼はそう言う。
何時だってそうだ。
彼は言葉にも、表情にも絶対に嘘を交える。
だから、
彼の言葉は信用ならない。
私が見上げれば、彼は嬉しそうに目を細めた。
ほぼ糸目状態のその目は彼の顔にぴったりだ。
彼の手が私の髪から離れて頬へと動く。
優しく触れたその手はいつも通りとても冷たかった。

「昨日の僕は、どんな話をしたのかな?」
「……」
「今日の僕は面白い?」
「……」
「面白いって思ってくれると嬉しいけど、面白くなかったごめんね」

苦笑しながら彼は言う。
苦笑のせいか、くしゃっと歪んだその表情は何時ぞやの彼にとても似ていた。
そして、
その顔に私の胸が締め付けられる。

「僕の言葉は偽物だから、いつだって君の心には届いていないんだろうね」
「……」
「でも、最初の僕はそんな君が好きだったみたいなんだ」
「……」
「そして、僕も惚れた」
「……」

彼の目が悲しみに沈む。真っ黒のその瞳はまるで夜の海だ。

「って言っても、信じられないよね。ごめん」
「……」
「でも、君を一目見たときに思ったんだよ」
「……」
「逢いたかった、って」

熱の籠った何かが私の耳に響いた。
そして、その声に私の顔が反射的に上がる。
いきなり動いた私に彼は目を丸くして此方を見ていた。
そしてそんな彼を私も目を見開きながら見つめる。
夜の海に、私がいた。

「っ……」
「ソラ?」

座っていた椅子から立ち上って、前に立っていた彼の両腕を縋るように捕まえる。
逃げないで、逃げないで……
何処にもいかないで。
心の中でいろんな感情がぶつかり合っている。
今にも溢れかえりそうなその量の感情が言葉となって私の口から吐き出たがっていた。
けれど、

「……」
「……どうしたんだい?」

私は必死に口を噤む。
言わない。言わないって誓ったんだ。
噤んだまま私はまた彼の目を見る。
彼の表情が驚きに染まった。

「ソラ……」
「……」

未だ私の手が縋りついたまま、彼は腕をゆっくりあげて私の頬に手を添えた。
その冷たさに思い出がこみ上げてくる。
あぁ、彼だ。彼がいる。
彼が、私の眼もとに手を添えてグッと拭った。
私の両目から流れる涙を優しく拭った。

「……」
「……」

二人の間にもう言葉はなかった。
泣き続ける私を片手で支え続けながら彼は私の片目の涙を拭いつづける。
その手つきに、優しい手つきに、私は浸っていた。

「大丈夫?」
「……」

心配そうに彼が私の顔を覗き込んでくる。
しかし、私は顔を上げてにこりと頬笑む。
私の微笑に驚いたのか一瞬固まった彼。
そんな彼の手から、私はするりと抜けだした。

「ソラっ!?」

私の行動に驚いたのか、私の名を呼ぶ彼の目には動揺があった。
しかし、私の足は止まらない。
私は部屋の隅まで駆け寄ってカーテンの裾を握った。
そして、私は走りだす。
部屋の隅から部屋の隅まで続くカーテンを思いっきり引っ張りながら私は走った。
彼の方を見れば、彼の目は今はもう私を見ていなかった。
捉われていた。


部屋の隅から隅まで広がる青空に。



部屋の隅まで走り終えた私はカーテンの裾から手を離し、同様に隅の置いてあるグランドピアノの方に歩み寄る。
そして、ピアノの鍵盤に触れた。
冷たい感触が私の指から伝わってくる。
その冷たさは、感触はとても久しぶりだった。
彼を見れば、彼の目が何か言いたげに私を見ていた。
そんな彼に私は微笑む。


(ねぇ、なんで言葉は嘘吐きなの?)
(だって、言葉にしたってそれが本当かわからないじゃないか)
(えー? でも、そしたら相手に私の気持ちなんて伝わらないよ)
(……大丈夫だよ)
(え?)
(ほら、)

『(愛してる)』


部屋に響いたその音は、
とても美しかった。

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