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まさに青天の霹靂。
いつものように探偵社にて事務作業をこなしながら、ちらりと時計を見ればもうお昼時。ちょうどキリもいいしご飯でも食べに行こう。そう思い立ち上がってドアへと向かうと右手を誰かに掴まれる。
掴まれた手に視線を送ればまさかの人が。開いた口が塞がらない。驚愕のあまりに手を掴んでいる人…江戸川乱歩をぼんやりと見ることしかできなかった。
何故、どうして。そんな疑問しか浮かばなかった。だって江戸川乱歩とは自由奔放、唯我独尊、誰にも縛られることのない気紛れな人。そんな人だからこんな地味な事務員の手を掴んでいるなんて…信じられないし考えられない。
「ねえ、今からお昼なんでしょ。
僕と一緒にお蕎麦屋にでも行こうか」
「え、ええ…?」
「ほらほらー、行くよ」
わけがわからないまま腕を引っ張られ探偵社を後にする。にこにことしながら、今から行くであろ蕎麦屋の魅力について語り出した。…本当、何なんだこの人は。本人に気づかれないよう小さく溜息を吐いた。
丁度昼時に来たせいか、OLやサラリーマンなどで賑わう店内。これじゃあ混んでいて座れないかななんてぼんやり考えていると、再び引っ張られる右手。江戸川さんはずんずんと店の奥の方へ進んでいき、丁度空いていたカウンターテーブルの前に立ち止まる。…すごい、よく見つけたな空席。少し感動していると座れと言わんばかりにぽんぽんと椅子を叩く江戸川さん。失礼します、と断りを入れてから腰を下ろしメニューに目を通す。
「ここは何が美味しいんですか?」
「僕は笊蕎麦が好きだよ」
「では私もそれで」
すみません、と店員を呼び注文を済ませる。水を一口含み、喉に流し込む。ちらっと江戸川さんの方へ目を向けるとばっちり目が合った。本当、なんなんだろうか。
「…ところで、何か私に用なんですか」
「えー、特にはないけど。
何か用でも欲しかったかな」
「…いえ、別に。ただ、江戸川さんが私と一緒に昼食を共にするのが意外でしたので」
「たまにはいいかなーって思ってね」
はあ、と気の抜けた返事を返せば至極楽しそうに笑みを深める江戸川さん。…はっきり言って苦手の部類に入る江戸川さん。何を考えているか全く分からないし、第一 話した回数なんて片手で足りる程だ。そんな親しいとは言えない人に急に蕎麦屋に連れて来られれば少なからず不信感を抱いてしまうのは仕方ないと思う。
もう、わけが分からない。再び溜息を吐くとくすくすと聞こえる笑い声。視線をくれずとも誰かなんて分かってしまう。
「わけが分からない、って顔をしているねえ」
「ええ、実際そう思っています」
「僕はね、分からない事なんて無いよ。
だって天才だからねえ」
ケタケタおかしそうに笑う。理解できない、と眉間に皺を寄せると人差し指で突かれる。真意を確かめるためにじっと江戸川さんを見つめると変わらぬ笑顔。(狐みたい)
「君の困惑した表情は実に愉快だ。もっと見てみたいって思ってね」
だからこれから困らせてみようと思う。覚悟してねえ。と笑顔のまま話し、ひらひらと手を振る。
は、と口をあんぐりと開けると笑みを深めそれが好き。とわけのわからない事を話す。…この人は本当に何がしたいのだろう。考えすぎて頭痛が起き始めた気がした頭をぐりぐりとマッサージし、溜息をひとつ。
「…よく分かりませんが面倒事は勘弁して頂きたいのですが」
「うーん…そうだねえ。
まあでも、君の推理力は僕の足元にも及ばないどころか猿もびっくりの幼稚な脳味噌だろうからね」
「…はあ」
「だからね、なまえ」
ときどきなら愛してあげてもいいよ。
(君にも分かりやすい愛し方でね)
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誰だこれ状態。ゴメンナサイ
お大事お借りしました。休憩