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19



自分の名前を呼ぶ声が耳朶を打つ。ゆっくりと瞼を開けると、そこにいたのは悠斗だった。


「!気が付いたか…。心配したんだぞ?」

「………」

「痛ってェ!え、何で俺殴られたの!?」

「なんだ、本物か」

「もうちょっと確かめ方あっただろ!」


ぶつぶつと文句を垂れる悠斗を横目に体を動かそうとして、体中に走る鈍い痛みに思わず顔を顰めた。そして自分の体が悠斗によって支えられていることにも気付く。


「骨が折れてるんだから余り無理はするなよ」

「このくらい、」


平気だよ、と言おうとした声が口から出ることは叶わなかった。
…悠斗に抱きしめられている。僕が押し返そうとしても怪我をしているからか、悠斗はビクともしなかった。


「…苦しいんだけど」

「うるせー…顔にまで傷作りやがって…」

「………」

「行くなっつったのに一人で行くわ、やっと見つけたと思ったら意識はないわ…」

「ちょっと、いい加減に…」

「………ごめん」

「悠斗…?」


僕が彼の背中に手を触れようとした瞬間、体が引き離される。抱きしめられていたのは僕の勘違いだったのではないかと思うくらい、悠斗は何事もなかったかのように口を開いた。


「それにしても、本当腹立つな六道の奴。ヒバリの綺麗な顔を容赦なく傷付けやがって…」

「へぇ、残念だったね」

「自分の顔なんだからもうちょっと興味持てよ」

「………じゃあ、もし」

「ん?」

「もし、このまま僕の顔に傷が残ってしまったら君は」


そこまで言って口を噤んだ。
僕は何を言おうとしていた…?こんな、下らない。傷が残ってしまったら君は離れていくのか、なんて聞いて何になるのだろう。もしそうなったとしてもその時は悠斗と出会う前の状態に戻るだけだ。


「ヒバリ?」

「…やっぱりなんでもない。忘れて」

「ここまで言っといてそりゃねェだろ」

「忘れて」

「だから…」

「忘れろ」

「はい…」


まだ何か言いたそうな悠斗を無理矢理黙らせて、改めて周囲を伺う。窓は無く、正面の壁に空気口と思われる狭い隙間。そして悠斗が壊したであろう崩れた壁。僕たちは既にこの部屋から出られる状態にあった。
痛む体をなんとか動かして立ち上がる。しかし、その様子を見ていた悠斗に腕を引かれて、僕は再び彼の腕の中に納まることとなった。


「……何するの」

「まだ意識を取り戻したばかりなんだから安静にしてろ」


な?とまるで幼い子供に言い聞かせるような物言いに顔を顰める。彼が僕に対してたまにする子供扱いが嫌いだった。
文句を言おうと口を開きかけた時、小さな物音がした。


「バーズ、ヤラレタ」

「鳥?」

「っつーか、バーズって誰だよ」


悠斗の壊した壁から入って来た小さな鳥はそのまま僕の頭に落ち着いた。


「おお…懐いてるな?」

「君、どこから来たの?」

「バーズ、ヤラレタ、ヤラレタ」

「…特定の状況で知らせるように訓練されてるのかもな。俺達の名前も言えるようになるかな」

「言わせてどうするの」

「まあまあ。おい、鳥。俺は悠斗、こっちはヒバリ」

「ヒバリ、ヒバリ」

「あ、呼んだ」

「お前だけな!なんでそんなに懐かれてるんだよお前」

「知らない」


結局その鳥が悠斗の名前を呼ぶことはなかった。


「この子、並中の校歌も歌えるようになるかな?」

「………うん?」