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一番最初に気付いたのは視界に映った天井が見慣れたものとは少し異なったこと。次に気付いたのは己の纏う霊力があの審神者のものでもあの女のものでもなかったこと。はて、と首を傾げる。自分は気を失う前は何をしていたのだったか。きょろきょろと辺りを見渡して、隣の部屋に複数の気配があることに気付いた。俺は立ち上がって躊躇いなくその襖を開け放った。


「あなや…」


突然に突きつけられた刀に思わず声が漏れる。刀の持ち主はへし切長谷部だった。長谷部の他にいる者達も己がよく知る刀剣男士達であったが、一人だけ、知らない人間がいた。加州清光と薬研藤四郎に支えられて座り込んでいるその男はまだ年若い。周りの者に負けず劣らず端正な顔をした男だと思った。しかしその口から放たれた言葉はこの緊張した空気を崩すような間の抜けたものだった。


「長谷部ー…そうピリピリすんなよー…。手入れ部屋から出て来て一番に見たものが刀って如何かと俺は思う」

「ですが主!こいつは…!」


食い下がる長谷部に苦笑を浮かべた男は、おいでと長谷部に向かって手を招いた。長谷部は俺と男を何度か交互に見て最後に俺を睨みつけると、大人しく刀を鞘に収め男の隣に立った。男はそれを見届けると、俺に視線を合わせた。


却説さて)、行き成り悪かったな。俺は此処の本丸の審神者だ。お前は三日月宗近で合っているか?」

「ああ、如何にも。俺の名は三日月宗近。まあ、天下五剣の一つにして、一番美しいともいうな。十一世紀の末に生まれた。ようするにまぁ、じじいさ。ははは」

「確かに美しいってお前にピッタリな言葉だな。…で、えーと、十一世紀っつーと…」

「俺より年上だぞ、そいつは」

「鶴丸より?相変わらず刀剣男子は年齢詐欺だよなァ」

「まあ付喪神だしな?」


それもそうか、などという会話を鶴丸国永と繰り広げている男を燭台切光忠が呆れたように眺めていた。


「それよりもさー、あんた、どこの本丸から来たの?」


加州の問いにあの本丸の事を思い出して、自然と眉間に皺が寄った。己の本丸はもうないかもしれぬことを仄めかせば、今度は薬研がどういう事だと問うてくる。そこで俺はようやく畳に腰を下ろして、気を失うまでの覚えていることを彼らに話した。己がいた本丸の審神者は十代半ば程の審神者が遊戯感覚で支配する本丸だったこと。傷ついた仲間たちは満足に手入れされなかったこと。そして、そんなある日一人の女の審神者が少数の刀剣男士を連れて己の本丸に現れたこと。そこで戦闘になったこと。……その先はあまり覚えていなかった。ただ手入れも碌に受けていなかった俺達が劣勢だったことだけはしっかりと脳裏に焼き付いていた。
俺の話が一段落ついた時には審神者である男を除いて全員が唖然としていた。


「…ブラック本丸って本当何処にでもあるんだなァ」

「冷静だな大将…」

「いやだって俺には関係ないことだし…。まあ、其の女の審神者ってのは少し気になるが」


随分と淡白な審神者だ。男はもう少し深刻になれと言う薬研の言葉にも曖昧に返すだけだった。そして、己の名が呼ばれる。


「取り敢えず三日月が居た本丸や女審神者に就いては俺の方で調べておくが、諸々が判る迄は此処に居るって事で善いか?」

「ああ、感謝する」

「構わねェよ」


その後男は今後の事を相談してくると言って自室に戻ってしまった。足取りが覚束ない様だったが彼は大丈夫なのだろうか。そう考えながらぼんやりと男が去って行った方を眺めていたが、部屋の空気が変わったのを感じて意識をこちらに戻した。この部屋に残っているのは俺達刀剣男士のみ。


「はっはっは、そんなに警戒せずとも俺は恩を仇で返すような真似はせんぞ」

「どうだか」


長谷部が吐き捨てるように言った。燭台切が軽く宥めたが、ここにいる全員否定をする気はないようだ。


「…俺が何かしたか」


それは疑問ではない、確信だった。いくら俺が余所の本丸から来たと言えど、同じ刀剣男士がここまで警戒されることは珍しいことに思われる。俺の言葉に顔を見合わせた五振り。仕方がないとでも言うように鶴丸が口を開いた。


「……きみ自身覚えていないようだが、ここに来た時きみは闇落ちしかけていた」

「何…?」

「実際に見たのは長谷部と主だけだがな」


まさか己がそんな状態になっていたとは思わなかった。が、長谷部や他の者の俺に対する態度には合点がいった。俺とて闇落ちした刀を本丸内に匿い、手入れするなどと主が言い出したら反対するし警戒もするだろう。こうして折られることもなく、むしろ手入れまでされた俺は余程運が良いらしい。主に感謝するんだな、と言った長谷部には素直に頷いておいた。


「まあでもさ、わからなくもないよね」


燭台切が困ったように笑った。そしてここの本丸も今の主が来るまでは俺の本丸と似たような状態だったのだと言った。もしあの状態がもっと長く続いていたら闇に堕ちていたのは自分たちだったのかもしれない、と。


「…きっと主はそういう俺達の心情を汲み取ってお前を手入れされたのだ」

「いや大将はそこまで考えちゃいないだろ」

「きっとその場のノリだろう」

「あの人そんなに深く物事考えてないよ多分」

「どうせもしもの時はその時になってなんとかすればいいとかで後先考えてないと思うよ」

「…………そうかもしれないと思ってしまった俺は一体どうしたら」


強く生きろ長谷部。というかここの主は嫌われてはいないが信用はされていないようだ。
俺の視線に気付いた燭台切は、だからといって悪い人ではないんだよと言った。俺の居た本丸の主は幼いが故に愚かな人間であったが、あれとこの本丸の主が違うことくらい俺とて理解していた。


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