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19



突然だが、審神者という者は本丸を敵の襲撃から守る為に本丸全体に結界を張っている。其の結界の強度は審神者の霊力に比例。…詰り言いたい事は俺の霊力では精々結界内に侵入した者を察知する程度の強度であり、敵さん何時でもウェルカム状態にあるということである。此れを前提に今の状況を確認してみよう。


「……時間遡行軍、じゃあねェよな?」


結界内に何者かが侵入した気配があり、其の場所へ行ってみると一人の男が壁に凭れ掛かってぐったりとしていた。ぞっとするほど整った顔だが、其の男の身体や衣服は見る目もないくらいぼろぼろで一目で何者かに襲撃されたのだと判る。先刻さっきから荒い呼吸を繰り返しているから生きている事は確かだが、何だってそんな手負いの奴がうちの本丸に。


「……こんな時は長谷部を呼ぼう。彼奴なら何とかしてくれるだろ……長谷「お呼びですか主!」……まだ呼んでねェ」


俺が呼び終わる前に目にも止まらぬ速さで長谷部が現れた。そういえば此奴は今日は畑当番だった、と彼の肩に担がれた鍬を見て思い出す。が、まあ呼んでしまったものは仕方がない。
俺は目の前の意識のない男と今の状況とを簡単に長谷部に話した。


「三日月宗近…!」


長谷部の驚愕を含んだ声色に俺は彼の紡いだ名を心の内で反芻する。
みかづきむねちかみかづきむねちか…みかづき…三日月、嗚呼そうだ。思い出した。確か其の名は長谷部と初めて会ったあの日に彼の口から出た刀剣男士の名だ。
其処で一つの疑問が浮かび上がる。


「此奴は何処から来たんだ…?」


刀剣男士を顕現させる事が出来るのは審神者のみ。ということは此の三日月宗近は何処か別の本丸から来たという事になる。加えて此奴の此の怪我。此れは時間遡行軍によって付けられたものか、あるいは別の事情が有るのか…。


「………」

「あるじ…」

「、嗚呼、悪い…。一寸ちょっと考え事を…何其の顔」


最近余り使っていなかった頭をフル回転させて今後の事を考えていた俺は長谷部の声に振り返った。長谷部の其の端正な顔は捨てられた子犬のようだ。何故。
如何した、と問うてもなんでもないと首を振るだけの長谷部。如何やら本当に答える気は無い様なので諦めて目の前の三日月宗近に集中することにした。


「…先ずは手入れしねェと話も聞ける状態じゃねェな」

「お待ちください主!」


三日月宗近に近付こうとした矢先、長谷部に腕を掴まれて制止させられた。長谷部は先刻の様な情けない顔から一転、険しい顔つきになり三日月宗近を睨んでいる。如何した、と問うと次ははっきりと答えが返ってきた。あの者はどこかおかしい、と。
そう言われても俺は元の三日月宗近を知らない。何が可笑しいのか俺には判らなかった。


「…お前が俺を心配してくれているのは佳く判る。だが、本人から事情を聴かない限り何も判らないままだろう?」

「しかし……いえ、では俺が」

「………そうだな。じゃあ頼む」


長谷部に引き下がる心算つもり)など到底ないと悟った俺は大人しく一歩下がった。長谷部は俺が下がったのを確認すると徐に三日月宗近に近付いていく。そして三日月宗近に向かって伸ばされた長谷部の手はぱしり、と振り払われた。代わりに突きつけられる刀の切っ先。其れは俺が長谷部の名を呼んだのとほとんど同時だったに違いない。
…三日月宗近と目が合った。しかしそいつは疾うに限界を超えていたらしい。俺を睨みつけたと思ったら直ぐに再び意識を失ってしまった。力を失った手から刀の落ちる音が自棄に耳に障った。


「長谷部!大丈夫か!?」

「はい、俺は平気ですが…」


長谷部も行き成りの事に戸惑ったようだ。困ったように眉を下げて俺を見る。


「……主、この者は恐らく闇落ちしかけています」

「闇落ちだと?何だってそんな事に…」

「理由は分かりません。ですがこのまま手入れをしてしまうのは危険です」

「だが判らない侭にしておく訳にはいかない。そうだろう、長谷部」


長谷部が暗に関わらない方が善いと訴えてきているのは判った。そして其れが俺の身を案じているという事も。しかし臭い物に蓋をするにしても情報が少なすぎる。此の侭視なかった振りをして何か起こっては後の祭りだ。
今度は俺に引く気がないと長谷部も理解したのだろう。渋々頷いていたが、顔に思いっきり不満だと書かれているからな。結構顔に出るよな此奴。結局長谷部が三日月宗近を背負って手入れ部屋に向かうことになった。


「主!?長谷部!?そいつは…!」


俺達が慌ただしく動いていたからだろう。異変に気付いた鶴丸が俺達の元に駆けつけて、長谷部に背負われた三日月宗近を捉えて目を丸くした。そりゃあそうだ、うちの本丸に居るはずのない刀剣男士が満身創痍で長谷部に背負われているのだから。


「悪いが説明は後だ。鶴丸、皆を手入れ部屋に呼んでくれ」

「わかった!」


流石は鶴丸だ。ほとんど動揺を引き摺ることなく瞬時に状況を理解してくれたようで、直ぐに皆を呼びに本丸の奥に消えて行った。その後鶴丸が皆を引き連れて手入れ部屋に現れ、俺は案の定三日月宗近の手入れで霊力を消費しすぎてぶっ倒れることになる。
如何して俺の処には面倒事が回って来るのか。其れとも審神者をやっていればこういうことは佳くあるのか。審神者として経験の浅い俺には考えても答えなど浮かんでは来なかった。


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