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02



正直に言うと俺は動揺していた。
だからいつもならしないような失態、縁側から足を踏みはずすなんてなんてことをしてしまったのだろう。
誰もいるはずのないと思っていた部屋に一人の男が立っていた。脳裏に浮かぶのはつい二日前までこの本丸の主だった男。しかしそこにいたのはあの審神者ではなく、別の男だった。その男を色で表すなら黒。
そいつは驚いたように体勢を崩す俺を見ていた。
ああ、落ちるな。なんてどこか他人事のように考えていると、力強く腕を引き寄せられて抱き止められた。初めて会ったはずのその男の腕の中は酷く温かく、俺は自然と降りてくる瞼に抗うことを諦めた。


***


体の中にあの男のものではない霊力が流れ込んできたのに気付いて俺は目を開けた。
軽くなった体を起こして周囲を見渡せば、そこは暫く厄介になっていなかった手入れ部屋だった。
先程あの部屋にいた奴が俺をここまで運んだのか…?彼が俺を手入れしたというのなら、あいつはあの男の代わりに来た審神者ということなのだろうか。
部屋を出て先程の男に会うのは少し抵抗があったが、ここで考えていてもどうにもならない。俺は腰に掲げられている自分の本体に手を掛けたまま、手入れ部屋の襖を開け放った。


「…………は?」


眼前に広がるのは見慣れた本丸の一室、そこに一つの違和感。目の前にあるものに俺は思わず間の抜けた声を漏らした。
だって倒れていたのだ。あの部屋にいた男が。しかもうつ伏せで。どういう状況だこれは。


「お、おい…?あんた、大丈夫か?」

「…………」

「…脈はあるな」

「勝手に殺すな…」

「うおっ…!」


体勢はうつ伏せのまま顔だけを俺の方に向けて、そいつは低く唸るように声を出した。


「お前…怪我は善くなったみてェだな」

「お陰様でな。むしろ俺はあんたが心配なんだが…」

「俺の友人が言ってた、俺の霊力はミジンコ以下なんだと」

「みじんこ」

「んで手入れってのは霊力結構使うんだな」

「…つまりあんたは俺の手入れで霊力を使いすぎて動けなくなったと、そういうことか?」

「物分かりがよくて助かるなお前」


うつ伏せのままうんうんと頷く男に俺は目眩を感じた。


「あんたはここの本丸の審神者になったのか?」

「んー…ま、そんなとこだな」

「そうか………大将、」


俺が姿勢を正して新しく審神者となる男を見つめると、ようやっと彼もうつ伏せの状態から体を起こした。年寄りみたいな動きだなこいつ。


「よく聞いてくれ大将」

「大将って俺の事か」

「俺っち薬研藤四郎だ。よろしく頼む」

「え、ああ。よろしく」

「早速本題に入るが、大将、俺は短刀なんだ」


そう言うと大将は何かの資料をぱらぱらと捲って、あ、本当だ、と呟いた。


「お前ら刀剣男士って色々いるんだな。で、お前が短刀っつーのは解ったが其れが何だってんだ?」

「短刀の手入れは刀種の中で一番資材と霊力を使わない。おまけに俺の怪我は精々大袈裟に言っても中傷程度だったんだ」


大将は俺の言葉を聞いて少し考えるそぶりを見せて、すぐに顔を引きつらせた。


「おいおい、此の本丸にいるのってあと…」

「太刀が二振り、打刀が二振りだな。しかも打刀の二振りはかなりの重傷を負っている」

「詰んだ」


片手で顔を覆った大将は重いため息を吐いた。


「しっかりしてくれ大将。俺も手伝うから、な?」

「…お前子供のくせに頼もしいなァ」

「見た目はこんなだがあんたよりもずっと長く生きてるからな」

「嗚呼、そう言えば…」


大将はそう言って少し黙り込んだ。そしてのろのろと立ち上がる。


却説さてと、流石に全員を一度に手入れするのは俺には無理だ。だから薬研、お前なら誰を優先する?」

「俺か?」

「嗚呼、お前は俺よりも此の本丸に詳しいだろ。だったらお前の判断に任せた方が賢明だろ?」

「そう、だな…俺なら、」


俺の答えに大将は満足げに少し笑うと、行くぞ薬研、と俺の頭を撫でた。
不思議と不快感はなく、俺は大将の背中を追い掛けた。


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