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17



最上階に辿り着いた昇降機エレべータを降りて廊下を静かに進んで行けば、其の先に在るのは一つの扉。執務室へと繋がる其の扉の前に居た黒い背広姿の二人の男達は俺を視界に入れた途端驚愕の表情を露わにして大袈裟に肩を揺らした。幾等何でも驚きすぎだろうと俺が顔を顰めたのが判ったようで、直ぐに謝罪が飛んできた。


「俺が此処に居ちゃあ悪いか?」

「いえ…そんなことは…。ただ長期の任務に行っていると聞いていたので…」


片方の男の言葉に嗚呼、成る程と納得した。
今回の俺の仕事は本来ポートマフィアが関わることの無いものだ。其の為、俺が審神者をやっていることを知っているのは極僅かな人物だけである。未だに動揺している男達に疾く其処から退くように促して、俺は其の扉の先へと足を進めた。
一つ扉を通り過ぎると直ぐにもう一つ扉が現れる。俺は其処で一旦立ち止まって軽く息を吐いた。


「あー…黒瀬です。…入りますよ」


部屋に入って正面に在る机に肘を就いている男が一人、待っていたと言わんばかりに笑みを浮かべていた。


「ただ今戻りました、―――首領ボス


***


主はあまり寝起きがよろしくない。そのため彼がここに来てからは毎朝起こしに行くのが俺の日課になっていた。


「主、長谷部です。そろそろ朝餉が出来上がりますので起きてくださ……あれ」

「嗚呼、お早う長谷部。何時も悪いな」

「…!?お、おはようございます…?」

「動揺しすぎだろ」


襖を開けた先に居たのは布団を被って丸まったまま動かないいつもの主ではなく、出会った時と同じ黒い服を身に纏って立っている主だった。
俺は思わず振り返って空を見上げた。後ろから主が雨は降らねェよ、と言っていた。申し訳ございません主。長谷部は正直未だに動揺を隠すことが出来ないのです。


「…今日は、お早いのですね…?」

「まあなァ…。後で全員の前でも言う心算つもりだが、今日は朝飯食ったら此処を空ける。帰って来るのは遅くなるだろうから今日一日本丸の事は宜しく頼むな」

「外出されるのですか」

「仕方なくだ。面倒な事に上から呼び出されてな」


そう言う主は本当に面倒なのか顔を顰めた後、大きく溜め息を零した。
会話をしている上で主の態度はいつもと変わらないように見えるが、どこかぴりぴりとした雰囲気を纏っているのが感じられる。それが気になってじっと見つめているのがばれたようで、主に如何した、と首を傾げられてしまった。俺は軽く首を振ってなんでもないことを伝える。


「え!?主が朝から格好いい!?」

「………至って快晴だな。雲一つない空だ」

「もしかして熱でもあるの?」

「いやあ流石は主だ。ここ最近で一番の驚きだぜ」

「お前等露骨すぎるわ」


主の後を追って大広間に足を踏み入れる。既に朝餉の準備はされていて、全員がいつもと違う主に目を丸くしていた。
燭台切は湯呑に注いでいる最中だったお茶を溢し、薬研は俺と同じように空を見上げ、加州は主の傍に寄って顔を覗き込み、鶴丸はその場で感嘆の声を漏らした。主には申し訳ないが、思うことは皆同じらしい。


「俺が朝からきちんとした格好をしているのはそんなに可笑しいか」

「……普段の生活を見返したらわかるんじゃないかな」

「…………其処迄だらしなくないだろう、多分」


燭台切の呆れるような視線に主は少し思案した後そっと目を逸らしていた。


「それで?どうしてまたそんな恰好をしているんだ?いつもはあの黒いじゃーじを着ているじゃないか」

「嗚呼、出掛けるんだよ。長谷部には先刻さっき言ったが、上から呼び出されてな。今日一日此処を空けることになった」


鶴丸の質問に主は先程俺に言ったのと同じように答えた。それを聞いた加州から不満の声が漏れる。主は悪いなと加州の頭を撫でてから食卓に着いたので、俺達もそれに倣って腰を下ろした。


「俺が留守の間は各自好きにやっていてくれて構わない。但し本丸からは勝手に出ないこと、内番はしっかり熟すこと、此れだけは守れよ」


嗚呼、其れと…、と主は懐から何かを取り出して机の上に置いた。


「大将、こりゃ何だ?」

「携帯電話だ。俺の番号を登録しておいたから万が一何かあったら此処に連絡してくれ。操作の仕方は此の紙に書いてあるから」


そう言って主はその携帯電話と一枚の紙きれを俺に手渡した。まさか自分に渡されるとは思ってもいなかったので思わず主の顔を凝視してしまった。


「此れは今日の近侍である長谷部に渡しておく」

「俺に…」

「まあ、使うことがないのが一番だがな。任せたぞ、長谷部」


今の主が来てから近侍は一日ごとに替えられるようになった。基本は順番だが主のその日の気分や仕事の量で変わったりする日もあった。今日俺が近侍だったのは偶々その順番の日だったからなのだが、それでもこの携帯電話を託されたことに頬が緩むのを感じる。それを周りに知られないよう一度俯いてから、ゆっくりと顔を上げて主に目を合わせた。


「拝命いたしました。お気をつけて行ってらっしゃいませ、主」


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