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15



新しく来た審神者、大将は良い奴だ。
あれだけあの男から酷い扱いをされていたというのに、たった数日であの男と同じ人間であるあの人を信じてみたいと思ってしまうくらいには。大将は自分のことをあまり語らないから彼自身のことはよく知らないが、こちらも自分たちのことはほとんど話さないのでお互い様だろう。彼を良い奴と思うのは確かだが、前任のしてきたこと、俺達が受けてきたこと、それを話してしまうのはまだ躊躇われた。多分他の奴らもそうだ。
そんなことを考えながら周りを見渡す。先の見えない暗闇の中、足元には折れた兄弟刀達。ここはあの日から俺が繰り返し見る夢の中だった。


「薬研……」


この夢の終わりは何時も決まって同じ。俺の名前を呼ぶ粟田口の長兄、一期一振があの日と同じように崩れ落ちて、俺の伸ばした手は空を切る。そうして絶望に打ちひしがれて俺は目を覚ますのだ。


「……またか」


こうして同じ夢を見て夜中に起きることはもう珍しい事ではなくなった。身体中冷や汗でびっしょり濡れて張り付く寝衣が不快だ。
いつも通り箪笥から取り出した替えのものに着替えて、喉の渇きを感じたから厨へと向かった。ここまではもう慣れたものであったが、いつもと違うと言えるのはこんな夜中に厨に明かりが灯っていたことだろう。


「………やべ」


俺と目が合ったそいつは一言そう呟くと気まずそうに目を逸らした。


「……何してんだ、大将」


結果として厨に居たのは大将だった。その右手には湯呑(いや、ぐらすという奴だったか?おそらく中身は酒だ)、左手には大将が作ったのかちょっとした酒のつまみが乗った皿。


「燭台切に怒られるぞ」

「小腹が空いちまったんだから仕方ねェだろ。ばれなきゃ平気だって」

「…俺は知らないからな」


巻き込まれるのはごめんだと、大将の横を通り過ぎて冷蔵庫を開ける。
そんな俺の行動を黙って見ていた大将がお前、顔色悪いぞ、と呟いた。一瞬体が強張ったのがわかったが、悟られないように気のせいだろうと返す。


「……そうか。それなら善いけどな」


大将はもう興味を失くしたのか、手にしていた酒をちびちびと飲み始めた。俺はというと冷蔵庫の中に入っていたみねらるうぉーたーをその辺に置いてあった湯呑に注ぎ一気に飲み干す。
これ以上ここにいると大将に何もかも見透かされてしまいそうだった。


「薬研、」


不意に名前が呼ばれて顔を上げる、と同時に口の中に何か突っ込まれた。いきなりのことで咽る俺を大将が楽しそうに眺める。口の中に入ってきたものは先程まで大将が食べていたいかを塩胡椒で炒めた簡単なものだった。


「げほっ…いきなり、何すんだ大将…!」

「はは、美味かったか?」

「味なんかわかるか…!」


俺よりも随分高い位置にある顔目掛けて睨みつけても返って来るのは楽しそうな笑いだけ。終いには悪戯の成功した子供のような笑みを浮かべて、これでお前は共犯者だな、と言った。


「最悪だ…」

「まあそう言うなよ。気は紛れただろう?」


その言葉にやはりばれていたのかと悟った。この人と数日間過ごして分かったのは大将は意外にも人をよく見ている、ということだ。


「………大将は、何も聞かないんだな」


彼がこの本丸に来る前に起こったこと。前任がしていたこと。これらを大将は一度も俺達に尋ねたことはなった。


「んー…そうだなァ…、お前等が如何しても言いたいってんなら聞くがはっきり言って興味ないな」

「本当にはっきり言ったな…」

「…俺は過去にも未来にも興味はねェんだよ。現在いまを如何するかが俺の問題だからな」


特に過去なんざ知っても如何にも出来ないだろう、と大将は少しだけ愁いを帯びたように笑う。そこには何か含まれているような気がした。


「大将は…目の前で大切な誰かを失ったことはあるか?」


こんな質問をすれば、俺がそんな体験をしたのだと言っているようなものだ。それでも大将の顔を見て聞かずにはいられなかった。しかし彼は俺の予想に反して、そんなことはない、と即答した。


「そう言うお前はあるんだな」

「ああ、ある。…あんたが来る前、ここには俺の兄弟たちが沢山いたんだ」


もう誰もいないけどな、と自嘲気味に笑う。
大将はそうか、と一言だけ呟くと持っていたぐらすを置いて冷蔵庫を開けた。中から牛乳を取り出して鍋に入れるとちょっと待ってろ、と言って火をかけた。牛乳が少し沸騰し始めると大将は火を止めて、俺の持っていた空になった湯呑を取り上げるとそこに牛乳を注いだ。


「ホットミルクはよく眠れるらしいぞ」


大将は俺に温めた牛乳の入った湯呑を差し出すと、空になった皿やぐらすを片付け始める。


「悪いが俺には此れ位しかしてやれることはねェんだ」


そう言って俺の頭を撫でた大将はそのまま厨を後にした。
俺はそれを見送ってから牛乳に口を付ける。冷えた体が芯まで温まる心地がして、確かにこれならよく眠れそうだと感嘆の息を漏らした。
これ位しか、と大将は言ったが俺にとってはこの位で充分だった。やっぱり大将は俺にとって良い奴だ、なんてそんなことを考えていたから、彼が厨を出た後一人呟いた言葉を聞き逃したのだ。


「………大切な奴を失ったことはねェよ。目の前では、な」


翌日、燭台切にあっさりとばれた大将は朝一で正座させられていた。


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