12
「………気持ち悪い」
机に突っ伏したままの燭台切がぼそっと呟いたので、俺は事前に用意してあった水(大将曰はくみねらるうぉーたーというらしい)を湯呑に注いで燭台切の傍に置いた。
「ありがと…薬研君…」
「構わんさ。それにしてもあんたは酒に強そうな印象があったんだがなあ」
「見事に一番最初に潰れたよな、光坊は」
横から口を挟んだ鶴丸と一緒に揶揄うように笑う。燭台切は力なく呻いた後、格好良くない、と漏らした。
「…薬研君と鶴さんは全然平気そうだね。僕より飲んでただろう?」
「まあなぁ。俺と鶴丸は酒に強い方らしい。長谷部は…」
「おれはよってない」
「…顔色は変わらねぇみたいだな」
部屋の隅できちんと正座で居座っている長谷部は顔色こそ平素と変わらないが、如何せん呂律が回っていない。燭台切ほどではないがそこまで強いという訳でもないのだろう。
「加州も光坊よりは強いみたいだな」
「うーん、そうだね。でも俺が好んで飲んだお酒はかくてるっていうやつでそこまで強いお酒じゃないって主言ってたよ。だから二人に比べたら弱いんじゃない?」
そう言う加州の顔は確かに少し赤い。まあそれでも燭台切よりはマシだろうが。
「そういえば主も全然顔色変わってなかったよねー。一番飲んでたくらいなのにさ」
「確かに。あれで酒に弱いっていうのも面白いと思ったんだがなあ」
加州と鶴丸の会話につい四半刻ほど前にこの大広間から自室に戻って行った大将を思い出す。
そもそも俺達が酒を飲んでいたのは大将が全員の手入れ頑張った記念、とかなんとか言い出して酒を持ち出したからだった。どうやら昼間届いた荷物に酒も入っていたらしい。
その後は燭台切が酒の肴を大量に作り、気付いたら宴の様になっていた。俺達は酒の存在は知っていたものの口にしたことはなかったからとても新鮮だった。ちなみに俺は焼酎というやつが好きだ。
「……変わってるよね、あの人」
加州が静かにそう言った。
「……なんだかんだ優しいしね」
「前の審神者があんなだったから余計そう思うのかもな」
加州に釣られて燭台切と鶴丸が言う。前の主は俺達が刀の付喪神で、審神者に顕現された刀は主に逆らうことが出来ないと知るや否や俺達をぞんざいに扱ってきた。確かに俺達は食事も出来るが必要というわけではないし、怪我だって手入れさえしてくれれば一瞬で治ってしまう。それでも痛みなどはあるが。
今まで刀として人間に接したことは幾等でもあったが、こうして人の身をもってから初めて関わったのがあの男だったから俺達はどうしても人間というものに警戒心を持ってしまう。それでも、
「大将のことは信じてみてぇなあ…」
俺は無意識に声に出していたようで、全員が俺の方をじっと見ていた。
「ああ、いや…」
「うん、僕もそうできたらいいなって思うよ」
今のは気にしないでくれ、と言おうとして燭台切に遮られた。彼は俺の方を見て静かに微笑む。
「燭台切……。まあ、あんた大将に泣かされてたけどな」
「なんで今それ言うの!?」
机に預けていた体を勢いよく起こして燭台切が俺の肩を掴んだ。その直後に気持ち悪い、と言って口元に手を当てて俯いたがこいつはそろそろ布団に横になるべきだと思う。
「そういえば今朝そんなこと言ってたな」
「燭台切も泣いたの?」
「う…まあ、うん…。ちょっと驚いちゃって…」
加州の言葉に燭台切は気まずそうに視線を逸らした。
「……おれもないたぞ」
「へー…長谷部君も?………長谷部君も!?」
「ええ!?あの長谷部が!?」
今まで黙っていた長谷部の衝撃的な告白に燭台切と加州が詰め寄る。燭台切はいい加減寝ろ。あと長谷部大丈夫か?半分寝てないか?あんた。
そう思いつつも気になるのは事実で、俺は鶴丸と顔を見合わせて長谷部に近付いた。
「で、何で泣いたんだ?きみは」
「あるじが……しょくだいきりをころせと、おっしゃって…」
「ぼ、僕…?」
「大将がそんなこと言ったのか…?」
「でも…それは……」
「「「「それは?」」」」
「……………」
「…長谷部君?……え、嘘でしょ!?ここで寝ちゃうの!?長谷部君!?」
燭台切が長谷部の肩を掴んで前後に揺らすが、当の本人は少し呻き声を上げるだけでもう起きる気配はなかった。
「……薬研、」
「奇遇だな鶴丸。俺は今あんたと同じことを考えてるぜ」
「はは、そうか」
とりあえず明日の朝大将の部屋に押しかけて問いただそう。
俺と鶴丸が頷き合う横で加州が、ご愁傷様、主、と合掌をしていた。
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